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人生で初めて家出した時のこと

あつあつの味噌汁の底でゆっくりと踊りながら沈む味噌を見ていると、家出した日のことを思い出した。

あれは高校生の時だ。
母親と喧嘩した日の朝、勢いで置き手紙を残し家を出た。

「お母さんの言い分は分かるけど今日は家に帰りません。おばあちゃんちに泊まります。」

確かそんな内容だったと思う。

おばあちゃんち(母の実家)は実家から車で約15分、
高校から自転車で20分ほどの距離だ。

家出というには平和すぎるが、実家から逃げるには丁度良い距離だった。次の日も学校あるし。

そんなこんなでその日学校を終え、少しワクワクした気持ちで祖母の家へ向かった。
学校からそう遠くないのに、車では何度も通った道を、今日は初めて自転車で登る。
山の中にある大きな道路を抜け、橋を渡ればおばあちゃんの住む町。

まっすぐおばあちゃんちに向かうと、おばあちゃんは驚きつつも喜んで迎えてくれた。
電話を借りて母に連絡した。心なしか電話越しの母も喜んでいるようだった。
おばあちゃんはその頃にはもう一人で住んでたから、おじいちゃんが亡くなってから1年くらい経ってたのかな。
おばあちゃんが掛けてくれる布団はいつもやたらと重たい。でも気付くとぐっすり寝ていて、朝になっていた。

目が覚めるともう隣におばあちゃんはいなくて、お勝手からトントンと包丁の心地いい音が聞こえてきた。
おはよう、と声をかけると「もう起きたんかい。もうちょっと寝てりー」的なことを言われた。

朝ごはんは炊き立ての白米、少し焦げた白身のお魚、漬物、そしてあつあつの味噌汁。
夕飯のことは覚えてないけど、朝ごはんは鮮明に覚えている。
一人になってちょっと料理が苦手になったおばあちゃんが、私のために作ってくれたご飯だ。

授業を終えて実家に帰る。
母はニコニコして出迎えてくれた。
家出の原因になったケンカなんてとっくに終わっていた。

それ以来私は家出をしてないし、自転車でおばあちゃんちに行ったのも確かあの日だけだったと思う。
かれから私はずいぶん大人になって東京で暮らしているし、おばあちゃんは認知症になり実家にいる。おばあちゃんちにはもう違う人が住んでいる。
おばあちゃんの手料理を食べることはもう出来ないけれど、年にほんの数回顔を見せる私の名前を覚えていてくれてる。
たまに思い出す記憶と、思い出してくれる名前があるだけで嬉しいと思う。

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