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北朝鮮は「普通の国」だったという話

北朝鮮を実際に旅してみたら、意外と「普通の国」だった。

北朝鮮のごく平凡な風景と、ごく平凡な日常を見てきたときの話。

北朝鮮を「普通に」旅行したい

私はtwitterで鉄道マニア33人を集めて北朝鮮を旅行したことがある。2016年3月、大学の卒業旅行のことだった。

あれから3年が過ぎ、時は2019年になった。私は再び北朝鮮に行きたいと思っていた。だが、私はもう仕事を始めており、さすがにもう一度33人も集めるような体力も気力もなかった。

なので、今回は見知った友人6名だけを連れて行くことにした。前回33人も連れて行ったのは旅行代金を割安にするためだったが、実のところ33人でも6人でもさほど代金は変わらなかった。最初からこの人数でもよかったな、と思わなくもなかった。

旅行の申し込み先は前回と同じ中国の代理店にした。あれから3年以上経っていたが、担当者も社長も私のことを覚えていてくれた。というか、平壌の旅行社のガイドもしっかり覚えていたらしい。34人で北朝鮮に行くと名前を認知してもらえるのである。

今回のメンバーには鉄道好き以外も多かったし、前回のように路線バスや路面電車を貸し切るつもりもなかった。普通の海外旅行と同じように、北朝鮮を「普通に」旅行してみたかった。

こうして2019年9月、飛行機に乗って中国に飛び、再び北朝鮮に赴いた。

北朝鮮は"映える"スポットだった

北朝鮮旅行の初日になった。前日のうちに北京に降り立ち、そこから夜行列車で北朝鮮との国境の町である丹東にやってきていた。

駅で代理店の担当者からチケットを受け取り、平壌行きの列車に乗り込んだ。驚いたことに、前回よりはるかに中国人の旅行客が多くなっており、列車はほぼ満員だった。旅行客のほとんどは中年から老人だった。聞くところによると、中国では北朝鮮が「昔の中国を感じられるレトロな観光地」として高齢層に人気になっているようだった。年間の観光客数は、日本人が300人程度であるのに対し、中国人は20万人もいるのだという。スマホで自撮りをしている人も多く、「映える」旅行スポットとして注目を浴びているのだろう。

列車は丹東を出発すると、国境の川を越え、ほどなくして北朝鮮最初の駅・新義州に停車した。駅でパスポートと荷物のチェックが行われ、いよいよ北朝鮮に入国した。列車はゆっくりと北朝鮮の大地を走っていった。

空が青黒くなってきた頃に、平壌駅に到着した。ここで現地での案内を務める「朝鮮国際旅行社」のガイド2名と合流した。ガイドはもちろん前回と同じ人を指名していたため、3年ぶりに再会する喜びを分かち合うことができた。

平壌のホテルはいつものトイレだった

平壌では「高麗ホテル」というホテルに宿泊した。北朝鮮では外国人観光客が泊まれるホテルは基本的に5つ星ランクに限られており、それに該当するホテルは2つしかない。高麗ホテルはそのうちの1つである。

5つ星ホテルだけあって部屋はとても広かった。スタンダードクラスの部屋でも、ベッドルームとは別にリビングもある。ただ、設備は少しくたびれていて、古いビジネスホテルのような雰囲気がした。

バスルームに入ると、ユニットバスがやけに見覚えのある形をしていた。ホテルによく泊まる人なら既視感のある光景だろう。答え合わせをするようにトイレの裏を見ると、そこには「TOTO」と書いてあった。

図書館で北朝鮮の修学旅行生を見つけた

翌朝、平壌の図書館を見学した。北朝鮮に来て初手で図書館見学は地味すぎると思うかもしれないが、名前を「人民大学習堂」と言い、平壌だけでなく北朝鮮を代表する建物の一つになっている。

建物の中はかなり広かった。本棚にズラリと書籍が並び、何か調べ物をしたり勉強したりする人がいる風景は、何の変哲もないごく普通の図書館であった。

図書館の入口には修学旅行生と思われる学生たちが集まって談笑していた。おそらく地方の学生が平壌見学に来ているのだと思う。みな同じ制服と同じ鞄を身に着けていたが、靴だけは思い思いのものを履いていた。校則の範囲内で精一杯のおしゃれをしようとする気持ちは、どの国も変わらないのだと思った。

本場の平壌冷麺は最高にうまかった

平壌の名物料理といえば平壌冷麺である。冷麺は北朝鮮でも韓国でもよく食べられている人気料理だが、やはり本場は平壌だと言われている。

その中でも「玉流館」という高級レストランの冷麺は特においしいと言われている。平壌冷麺の聖地のような存在で、数々の外交の舞台にもなってきた格式高い名店である。その一方で、実際に行ってみるとラフな格好の一般人も多い。記念日などのハレの機会に食べに行くような、そんなレストランであるようにも思える。

昼食の時間になったので、玉流館の本館に来た。ここに入ると外国人観光客は基本的に個室に案内されるらしいので、ガイドから希望を聞かれた。

「別館なら一般人と一緒に食べられますが、どうしま……」
「「「「別館で」」」

全員食い気味に即答して、玉流館の別館の方に来た。おそらく本館よりもカジュアルな雰囲気の店なのだと思う。ただ、座席も天井も紫色に光っている理由はよくわからなかった。

しばらくして平壌冷麺が到着した。黄金色の器の上に、黒々しい麺がたっぷりと入り、ゆで卵、牛肉、キュウリなどの具材が美しく盛り付けられていた。

一口食べた瞬間、口いっぱいにうまみが広がった。スープはしっかりとダシが効いていて、お酢を入れると酸味と辛味がほどよく調和していた。麺は絶妙なコシがあり、ソバの香りがほのかに感じられた。

北朝鮮で食べた料理の中でも、今まで食べた冷麺の中でも、間違いなく一番おいしかった。

平壌のウォータースライダーで遊んだ

平壌のプールは本当に大きかった。

平壌のレジャーランド「紋繡ウォーターパーク」には、27本のウォータースライダーが存在するという。東京の有名な遊園地であるサマーランドのスライダーが8本であるというから、相当に多いだろう。

昼食後、ガイドに連れられてこのプールにやってきた。北朝鮮に来てまさかプールで遊ぶとは思わなかったが、残暑が残る9月の平壌で泳ぐのはなかなか気持ちがよかった。ちなみに撮影はOKだったのだが、あまりにもはしゃぎすぎて全く写真を撮っていなかったため、プールの写真だけはメンバーから借りている。

プールの目玉であるウォータースライダーもかなり楽しかった。かなりスピードが出て迫力もあるし、いろいろなギミックも凝らされていた。北朝鮮旅行も10回目くらいになったら、一日中プールで遊ぶのもいいかもしれない。

ただ、そんな魅力的なレジャーランドが混雑しないはずもなく、ウォータースライダーには常に長蛇の列ができていた。私たちのために齢60近いガイドもわざわざ水着に着替えて同行してくれたのだが、なんと「外国人優先です!」と言いながら列に割り込みはじめた。「ちゃんと最後尾に並びますから……」と遠慮したものの、「時間がないですから!ほら!」と言われ列の先頭に押し込まれてしまった。並んでいた一般人からは怪訝な目で見られてしまったのは言うまでもない。

北朝鮮の天然水はエコなボトルだった

プールで泳いだあとは、高速道路を走り郊外へ向かった。

高速道路を降りると道の舗装は土と砂利になった。急に車が揺れるようになり、ガイドからは「土ぼこりが入るので窓は閉めましょう」とも言われた。自動車の数は少なく、ほとんどの人が自転車に乗っており、牛車すら走っていた。住宅も伝統家屋が多く、田畑を手で耕している姿も見えた。首都の平壌がそれなりに発展している一方で、地方は100年前の日本のような光景が未だに残っているのかもしれない。

道中、休憩も兼ねて、工場見学をさせてもらえることなった。

ここは「江西薬水工場」という。「薬水」とはミネラルウォーターのことで、この地域では炭酸を含んだ天然水が湧き出るのだという。この工場ではその水をボトリングしており、北朝鮮でも有名なブランドになっているらしい。

試飲が可能だということで、わざわざ生産ラインを止めて飲ませてもらった。ペリエのような感じの微炭酸でおいしいミネラルウォーターだった。瓶をよく見てみると、中国語で「ハルビンビール」や「青島ビール」と書いてあった。中国のビール瓶を再利用して製造する、環境にやさしい工場だった。

温泉に入りすぎてガイドに呆れられた

「北朝鮮」と「温泉旅行」という言葉が結びつく人はあまりいないと思う。だが、北朝鮮にも温泉があるし、旅館に宿泊することもできる。

南浦という港町にある「竜岡温湯院」という温泉旅館にチェックインした。温泉旅館らしく大浴場があると聞いてさっそく行ってみた。

そこで見た光景は、大浴場というよりもはやプールだった。水着着用で入るタイプであるし、手前の大きい浴槽は水風呂だったので、そういう意味では完全にプールと変わりなかった。奥の小さくて丸い浴槽は温かい風呂だったので、そちらの方に入ることにした。

温泉はほどよい湯加減でとても気持ちがよかった。海が近いためとても塩分が多く、ぬるぬるして刺激が強い泉質なのが特徴である。メンバーの一人がはしゃいで顔からダイブしていたが、目が痛いと言って騒いでいた。自業自得すぎる。

そんなわけでかなり長いこと浸かっていたのだが、お湯の刺激が強いこともあって、実は事前にガイドから「湯あたりしやすいので1回の入浴時間は15分ぐらいにしてくださいね」とアドバイスされていた。だが、翌朝ガイドから「ずいぶん長い間入っていましたね」と聞かれたので「2時間ぐらい……」と答えたところ「2時間も!?」と呆れられてしまった。人のアドバイスはちゃんと聞くべきである。

ハマグリをガソリンの炎でBBQした

「ハマグリのガソリン焼き」という料理を聞いたことがあるかもしれない。北朝鮮の名物として日本でも有名だが、新鮮なハマグリが必要なので、海から遠い平壌では食べることが難しい。だが、ここ南浦は海に近く上質なハマグリが手に入るということなので、ガソリン焼きをすることにした。

旅館のBBQガーデンにある専用の台に大粒のハマグリを並べてもらった。ガソリンをかけて火をつければ、あとは適宜ガソリンを足していくだけである。ホテルのスタッフは慣れた手付きでガソリンをかけていた。

日が沈み、ガソリンの炎がキャンプファイヤーのようにゆらめいていた。プールで泳ぎ、温泉に浸かり、BBQをして、キャンプファイヤーをする。ここが北朝鮮であること以外は、ごく普通の楽しい夏の思い出だった。

ハマグリが焼き上がったのでさっそく食べていった。ハマグリは身がプリプリに詰まっていてとてもおいしかった。ガイドからはハマグリの殻に焼酎を注いで飲むのがよいと教わった。試してみると、ハマグリのダシが効いた最高の焼酎割りになった。人のアドバイスをちゃんと聞いてよかった。

ちなみに実際のところハマグリはかなりいいお値段がした。ガイドに無理を言って量を減らして値切ったのであったが、あまりにもおいしすぎて全員パクパクと食べていた。その結果、翌朝ガイドから「私達の分のハマグリまで食べていましたが……」と言われてしまった。旅行のときはケチらずちゃんとお金を払うべきである。

北朝鮮のビールは禁断の味がした

北朝鮮のグルメとして平壌冷麺とハマグリのガソリン焼きを紹介してきたが、もう一つ挙げておきたいものがある。実は、旅行中の食事は基本的にビールが飲み放題なのだが、これが非常においしいのである。

飲み放題では基本的に「大同江ビール」という、北朝鮮を代表するブランドが提供される。あっさりしていて飲みやすく、朝鮮料理によく合う。私もいろいろな国のビールを飲んだことがあるが、一番おいしかったのはこの大同江ビールだった。

なお、現在はほとんど輸出しておらず、基本的には北朝鮮国内でしか飲むことができない。まれに日本のネット上でも高値で売買されていることがあるが、外為法違反に該当するため逮捕者も出ている。文字通り禁断の味のビールなのである。

北朝鮮のダムはプロジェクトXだった

私は小さい頃にNHKの『プロジェクトX』という番組をよく見ており、中でも黒部ダムの回は特に好きだった。北朝鮮にもそんな『プロジェクトX』のような話がある。

翌朝、旅館から車を走らせて「西海閘門」というダムにやってきた。このダムは先ほどのビールの名前にもなっている大同江という川の河口をせき止める役割を持っている。

このダムは堤防の長さが8kmにもなる巨大な建造物であり、土木技術の総力を結集して完成させた、正に『プロジェクトX』のような話の成果でもある。一方で、多大な費用と人員が投入され、多くの犠牲を払って建設されたとも言われている。

そんな西海閘門だが、ダムであると同時に川の対岸を結ぶ橋としての役割もある。とはいえ、北朝鮮の一般人はほとんどが自動車を持っていないため、たくさんの人が自転車をひたすら漕いで横断していた。かなり過酷な海辺のサイクリングロードだった。

北朝鮮の農家は田舎の実家だった

平壌に戻る途中で農村に立ち寄った。「青山里」という、北朝鮮ではモデル農村として開発されている村である。そのうちの一軒の農家を見学させてもらえることになった。

リビングに入った。もちろん異国の民家であるから見慣れないのが当然である。だが、ヒラヒラの装飾がついた家具、無秩序に置かれた陶器の置物、謎の健康ポスター、これらすべてどこかで見た覚えがある。そうだ、これは田舎のおばあちゃんの家と同じだと思った。

庭ではニワトリを飼っていた。田舎のおばあちゃんの家にもニワトリがいたことを思い出した。北朝鮮にいるというのに、どこか懐かしい感じがした。

ちなみに、このように外国人観光客に見学させる農家のことを「模範家庭」と言うそうである。ガイドの話によると、模範家庭に選ばれると常に家を片付けたり外壁を修理したりする必要があるため、かなり大変らしい。町内会のめんどうな役回りの話は、北朝鮮でも変わらないのだなと思った。

平壌のスーパーは充実の品揃えだった

平壌に帰ってきて「光復地区商業中心」という大型スーパーで買い物をした。

スーパーの周辺はマンションが立ち並ぶ高級住宅街になっているようだった。店の前にもタクシーが並んでいた。

店内は日本のスーパーと同じように撮影不可だったため、ニュース映像で紹介する。今回は食料品売場しか立ち寄らなかったが、売り場はかなり広かった。生鮮食品は少なめだったが、パンやインスタント麺、お菓子などの品揃えは豊富で、ほとんどが北朝鮮の国内産だった。フードコートもあるということだったが、食事のたびにレストランでたくさんの料理がサービスされるため、お腹がいっぱいだった。

ちなみに輸入食品もいくつか並んでおり、多くは中国製なのだが、ときどき日本製も見かけた。特に缶ジュースに多く、ポッカやサンガリアなど、日本ではややマイナーなメーカーが多かった。ちょっと安めの自販機に入っているようなドリンクたちが北朝鮮のスーパーに並んでいるのは、なかなか不思議な光景だった。

マスゲームは超豪華ライブだった

北朝鮮のマスゲームはニュースなどで見たことがある人もいると思う。今回、そのチケットがご用意された。

マスゲームはアリラン祭というイベントの中で行われ、夏の数ヶ月の間、ほぼ毎晩開催される。その舞台は「綾羅島5月1日競技場」というスタジアムなのだが、非常に巨大で10万人を収容できる広さがあるという。横浜の日産スタジアムの収容人数が7万人だというから相当に大きい。

観客席に入ると、向かい側にマスゲームの演者たちが入ってきた。これだけでも軽く数万人はいるのではないだろうか。現場で見るとこういう舞台裏を見られるのもメリットである。

マスゲームのオープニングが始まった。一糸乱れぬ動きで、まるで電光掲示板のように次々と絵が変わっていった。ガイドの話によると、各自がボードブックを持っており、観客席の方にページ数が表示されるので、その数字を見て開いたり閉じたりしているのだという。

アリラン祭の演目はマスゲームだけではなかった。

空手の演武に……

体操の演技に……

伝統楽器の演奏に……

はてはサーカスまで、ありとあらゆるパフォーマンスが一挙に開催された。どれも北朝鮮のトップアーティストが出演しており、超豪華なライブと言っていいだろう。

最後に出演者全員が一同に揃ってフィナーレを迎えた。実のところ、チケット代は1万円ぐらいするのだが、この内容と満足度、そして出演者数を考えたら、全くもって安いくらいだった。

一方で、このアリラン祭には、子供から大人まで多くの平壌市民が動員されているのだという。数ヶ月もの間出演させられる平壌市民のことを思うと、少し申しわけなくもなるのだった。

ところで、この時期に北朝鮮に来ている外国人観光客は、だいたいがアリラン祭を見に来ている。裏を返せば、旅行社のガイドが一堂に会しているわけでもある。私たちのガイドが「この人が3年前に34人で来た人ですよ」と私を紹介したところ、他のガイドから「あなたがうわさの!名前は存じていますよ」とあいさつされた。やっぱりしっかりと旅行社の有名人になっていたらしい。

メイドイン北朝鮮のパソコンを買った

翌朝、北朝鮮を離れるときが来た。飛行機に乗って中国を経由して日本に帰るため、専用車で空港まで送迎してくれた。

空港のおみやげコーナーを見ていたら、メンバーの中のパソコンマニアが北朝鮮製のノートパソコンを買ってきた。外為法により日本には持って帰れないため、中国の友人に送るのだという。彼は普段からおしゃべりだが、パソコンを前にして特に饒舌に話しはじめた。何かいろいろと語っていた気がするが、あまりに早口すぎて全部忘れてしまった。

北朝鮮のガイドはプロ中のプロだった

前回に引き続き、今回の旅行でも、朝鮮国際旅行社のガイドに大変お世話になった。

北朝鮮旅行のガイドについて、しばしば「旅行客を監視している」というふうに言われることがある。だが、この言い方には少し不正確な部分がある。

北朝鮮を旅行するときには他の国にはない制限事項が多い。ここは撮影してはいけない、ここに入ってはいけないなど、外国人にはわからないルールが多数存在する。そのルールに違反してしまうと、一般人だけでなく軍や警察とトラブルにもなりうる。そのようなことを防ぐため、事前にアドバイスをしたり、トラブルが起きた時に観光客を保護するのがガイドの一番の役目である。

北朝鮮のガイドについては、「自分たちが見せたいものしか見せない」というように言われることもある。確かに北朝鮮は外国人観光客を受け入れていない施設もたくさんある。一方で、あれが見たい、ここに行きたいという私たちのわがままを、ガイドたちはできるだけ叶えようとしていたことも事実である。

実際、ガイドは1人が私たちを案内している間、もう1人はいつもどこかに電話してさまざまな調整を行っていた。朝早くから夜遅くまで仕事をしており、いつ寝ているのか不思議なくらいだった。

その姿は、北朝鮮の国家として外国人を監視しようとするものではなく、可能な限り観光客の希望を叶えようとするプロフェッショナルのように見えた。

北朝鮮は「普通の国」だった

最後にガイドと別れの挨拶を交わすと、ガイドから返ってきたのはこんな言葉だった。

「北朝鮮は日本人にとって近くて遠い国と言われていますが、いつか近くて近い国になればいいなと思っています」
「ここもみなさんと同じ、普通の人間が暮らす普通の国であることを感じてもらえたらうれしいです」


私の好きな文章に、デイリーポータルZの大山顕氏の「チェルノブイリは『ふつう』だった」という記事がある。

廃墟や死の街というイメージのあるチェルノブイリ原発だが、実際に行ってみると普通の作業員が普通に仕事をし、普通の住民が普通に日常を送っている場所だった、というレポートである。

北朝鮮も同じである。北朝鮮を旅行するときには、政治や軍事、そして指導者の話題を避けて通ることはできない。それは北朝鮮の本質と不可分に結びついているからである。実際、今回の旅行でもそれらに関連した観光地はいくつも訪問したし、それもまた旅行のハイライトの一つである。

しかし、この記事では、私はあえてそのような要素を書かなかった。その代わり、プールや温泉、農家やスーパーなどに注目し、なるべく北朝鮮に住む人々の日常に近い側面を紹介するようにした。

一度や二度の旅行だけで北朝鮮の全てを知ることができたとはとうてい思わない。だが、レジャーランドのプールで楽しそうに遊ぶ人々の姿から、くたびれた様子で農道に座る人々の姿まで、いろいろな風景を見てきた。そんな日常のほんの一部だけでも確実に見ることができたと思っている。

北朝鮮もまた、ごく平凡な人々がごく平凡な日常を送っている土地だったということは間違いない。

そういう意味で、北朝鮮はやっぱり「普通の国」だった。


蛇足

2023年2月現在、日本国外務省は、北朝鮮へ渡航することは自粛するように要請している。

また、朝鮮民主主義人民共和国政府も、新型コロナウイルスの影響で外国人観光客を受け入れていない。再開するまでにはまだ当分時間がかかるだろう。

ところで、私は「中国鉄道時刻表」という書籍の編集に携わっている。今回乗った中国からの国際列車の情報も詳しく掲載しているので、興味のある人は読んでみてほしい。

同行した田川げんご(twitter:@ochinchinriichi)は、この旅行を漫画に執筆している。今回の記事で省いた要素も全部書かれているので、旅行の全貌はそちらで読むといいと思う。

もう一人、同行者の砂漠(twitter:@eli_elilema)とは、この旅行の1年前に中国新疆ウイグル自治区をともに旅している。こちらも北朝鮮以上に興味深い場所だったので、あわせて読んでもらえるとうれしい。

なお、このnoteに登場する「尊師」こそ、平壌空港で北朝鮮製のパソコンを買ってきて早口でしゃべっていた人間である。こんど旅行に行くときは、できるだけ静かにしていてほしいと思う。


蛇足の蛇足

(追記: 2023/02/13)

予想以上に多くの人に記事が読まれて嬉しい限りである。一方で、たくさんの感想や意見をいただき、文章に至らなかった点や不誠実な点があったのも自分の力不足であると反省している。

今回のnoteでは削ぎ落としてしまった「裏話」について、私のはてなブログの方に書いておいた。あわせて読んでいただけたら幸いである。