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アスリートとマスメディアの圧力、ソーシャルメディアでの誹謗中傷

2020東京五輪では、スポーツ選手がソーシャルメディア上で受ける誹謗中傷が話題になっており、私もその件でツイートしてプチバズってしまったので、責任を取ってフォローアップ記事を書こうと思う。今回はgoogleニュース検索で"social media athletes"というキーワードで検索した英語記事の紹介を中心にしたいと思う。

マスメディアがアスリートを追い詰めた歴史

昨今、ソーシャルメディア上での誹謗中傷が選手を追い詰めることが問題になってょるが、歴史的にはマスメディアのほうが選手を追い詰めることがあった。

そのもっとも極端な例が円谷幸吉であろう。彼は1964東京五輪で銅メダルを獲得し国民的英雄となったが、次のメキシコ五輪を控えて過大なプレッシャーに苦しみ最後は自殺するという悲劇を迎えた。当時はソーシャルメディアはなく、マスメディアを通じた大衆との対話で起きたことであった。

2020東京五輪でも、アメリカのシモーネ・バイルズ選手が放送局NBCから看板選手として扱われ、その結果として過大なプレッシャーに苦しむことになり、一部競技に出場したのみで残りを棄権することになった。今年はテニスの大坂なおみ選手もプレッシャーやマスメディアとの軋轢を理由に大会を辞退しているが、これと通ずるものであろう。

これについていろいろ言う人はいるが、少なくとも円谷幸吉という歴史を持つ日本は、大坂選手やバイルズ選手の選択に理解を示すべきではないかと思う。大坂選手の決断の際には大会(全仏OP)主催者側から「義務である」「賞金をもらう以上は出るべき」云々の議論があったが、金を払っていればどんなことだってやらせていいわけではないし、選手にも降りる権利はあるだろう。「金を払ってやっているんだからいくらでも言うことを聞け」というのはブラック労働の理屈であり、リミッターが必要になれば設けられるのが筋というものである。


ソーシャルメディアでは、負ければ自国民に燃やされ、勝てば他国民に燃やされる

「負ければ自国民に燃やされ、勝てば他国民に燃やされる」——ツイッターの相互フォローの方が発した一言だが、今大会でのSNS炎上を一言でまとめている。今大会のSNS炎上をまとめた下記記事にもそれは表れている。

「負けると自国民から燃やされる」例として紹介されているのが、エアライフルの中国代表王璐瑶選手と重量挙げ女子のベトナム代表ティダエン・ホワン選手である。王璐瑶選手の例ではWeiboで複数のアカウントが停止させられている。

「勝つと他国民から燃やされる」例については、今大会では日本選手が好成績を収めていることもあり報告が多い。卓球の水谷隼選手は言い出しっぺであり特に話題になったが、ダブルスの相方であった伊藤美誠選手も同様の被害に遭っており、中国のファンとつながるために作ったWeiboのアカウントを閉鎖せざるを得なくなったのは象徴的であろう。このほかに、体操の橋本大輝選手には中国語の、サーフィンの五十嵐カノア選手にはポルトガル語の誹謗中傷が書き込まれ、それぞれ銀メダルとなった選手の母国からの書き込みと見られている。


また、このほかに完全に「政治的」なSNS闘争に巻き込まれてしまう例もある。今大会ではトランスジェンダーの女子選手を認めないする声が大会以前からあったが、報じられている限りはニュージーランドのトランスジェンダー女子重量挙げ選手がネットでの中傷に遭っている。韓国のアーチェリー代表安山選手は、短髪だというだけで韓国のアンチフェミニストの攻撃を受けている。これについては、どうも韓国ではフェミニストとアンチフェミニストが急進化して相互に公然と「殺してやる」と言い放つような殺伐とした言論環境になっており、それに巻き込まれた格好であるようである。


ソーシャルメディアでの誹謗中傷は本人への直接のリプライ以外にもエゴサーチや受動的にニュースが「目に入ってしまう」例もあり、えば韓国女子プロバレーボールのコ・ユミン選手が自殺した際には、ニュースサイトでの誹謗中傷に苦慮したと伝えられ、それにより韓国のニュースサイトは芸能スポーツニュースでコメント欄が閉鎖される事態となった(ただしこの自殺にはチーム内でのいじめの関与が後の調査で示唆されている)。芸能での恋愛リアリティーショーではそれが原因で出演者の自殺が相次ぎ問題になっているが、それも直接のリプライよりは周辺の評判によるものが多い。


スポーツ振興としてのメディア対応とメディアの圧力の狭間

この記事の冒頭で、大坂選手やバイルズ選手のように選手にはメディア対応を降りる権利があると書いたが、実際にソーシャルメディア対応から自主的に降りる選手も多い。

上記記事ではいくつかの例が紹介されている。1人目はオーストラリア水泳代表アリアルン・ティトマス選手で、彼女は2020東京五輪で金メダル2つを獲得し「勝った」選手だが、過度なプレッシャーを感じるバイルズ型の問題でSNSは見ていないという。

また、オランダの自転車代表アネミーク・ファン・フレーテン選手は、ロードレース優勝候補筆頭のオランダチームのメンバーだったが、自転車特有の風よけvs逃げの駆け引きで判断を誤り、地力で劣るアマチュアのキーゼンホファー選手に金メダルを攫われる結果となった。これにより「負けると自国民から燃やされる」状況が生じてしまい(炎上したかは未確認)、SNSのアプリを削除したという。(なお彼女は後の個人タイムトライアルでは圧勝で金メダルを獲得)

大坂選手がメディア対応を拒否した際には、国際テニス連盟側からメディア対応で収入を得ているのだから義務であるというような議論があったが、マイナーな競技では、ソーシャルメディアでも同じような状況がある。

At the same time, social media has been an important way for athletes to stay in touch with family and fans due to the travel restrictions imposed during the pandemic, and to draw attention to less popular sports or newer sports.
——Athletes’ Mental Health Puts Focus on Their Social Media Use. Bloomberg. 2021年7月30日

上記Bloombergの記事では、特にマスメディアで取り上げられにくいマイナー競技でのソーシャルメディアの「効用」の例として、フィリピン初の金メダリストとなったヒジリン・ディアス選手が(重量挙げという比較的マイナーな競技で)資金が不足していたためSNSを通じたクラウドファンディング的手法で遠征費用を確保した例が紹介されている。

注目されるということは、金を集めると同時に罵詈雑言も集める。私は普段はプロサッカーを見ているが、注目を集めるトップチームで活躍しない選手が出ると、テレビ桟敷の前の数万、数十万の人から「下手くそ」「ボールをまともに蹴ったことがないのか」「あいつはサッカーを分かってない」等ボロクソに言われることになる(言っている側がリフティングすらまともにできないデブのおっさんであっても)。トップチームにいる以上は、アマチュアチームのエースから見れば神レベルの上手さであり、両者の違いは、注目を集めれば賞賛・金も誹謗中傷も両方集めてしまうということなのだろう。

選手のメンタルヘルスを考えれば、「自分が得たい注目度」について自発的にリミッターを付ける仕組みというのも必要になるのだろう。


CNNの指摘:中国の攻撃的ナショナリズム国策

加えて、もう一つ別枠で扱っておくべきと感じたのは、CNNが伝える中国国内のソーシャルメディアの動向である。CNNは立て続けに2本の記事を出しており、いずれも「中国の国策ナショナリズムによる国策炎上」という趣旨の記事となっている。

人民日報の「厳しく検閲された」コメント欄で、五輪開会式の記事のトップコメントが「义勇军进行曲给我在小日本响起来!」(義勇軍進行曲を小日本で吹き鳴らそう!)となっていることを指摘し、軍事を連想される公然とした侮辱が国策的に容認されているのではないかとしている。

もう一つ挙げられている例では、ロイターが中国の重量挙げ選手が歯を食いしばっているシーンを大会ハイライトとして紹介したのだが、それに対して在スリランカ中国大使館公式アカウントが「最も醜い写真を選んだのだ、(中国の醜悪描写という)政治をスポーツに持ち込んだのだ」などと主張している。もちろん、アスリートが歯を食いしばっているシーンはスポーツの"最も美しいシーン"として報道写真の定番であるからそのような意図がないのは明白だし、同じような写真を中国国営人民日報が掲載しており意味不明の難癖という指摘もされている(この件では人民日報側が写真を後で差し替えたようだ)。

CNNはこの記事で、「国家管理され積極的にbanするWeiboや人民日報で攻撃的ナショナリズムが容認されている」「中国大使館公式アカウントが噛みつく」という事例を紹介することで、ソーシャルメディア上での蛮行が国家公認ではないかと示唆している。中国については、いわゆる「戦狼外交」(Wolf warrior diplomacy)と称される、公人が国策として攻撃的・暴力的・挑発的言論を弄するスタイルを強化しているが、それがスポーツにも及んでいるということなのだろう。

また、私はツイッターで「中国人にも良識があるので、このことを中国メディアが取り上げれば沈静化するのではないか」と書いたが、「戦狼」の牙は国内にも向かっているようで、その自信が揺らいできた。

Many public intellectuals, scholars, lawyers and feminist activists have been viciously attacked or silenced for comments made past or present that are deemed "unpatriotic."

この記事では、新彊の綿花に懸念を表明したナイキは中国のナショナリストから「反中的」とみなされており、ナイキのシューズをコレクションしている中国人アスリートが攻撃を受けた件が紹介されている(この件では最終的にはアスリートを攻撃したほうがバンされたのではあるが)。


別の記事では、(もとからある日中戦争以降の抗日マインドのほかに)北京政府の台湾や香港の民主派に対する攻撃を強める中でナショナリストたちのネット暴力を容認してきたために、その延長線上で五輪でもナショナリズムに満ちたネット暴力が続いているのではないかとより直接的に書いている。

The attacks and harassment are emblematic of the rising tide of ultranationalism sweeping through social media in China, which has silenced many of the country's more liberal and moderate voices online. ... Other Chinese netizens criticized the online abuse and called for an end to it, but they were also attacked. ... In recent years, Chinese nationalists have launched massive online trolling campaigns against those they regard as Beijing's political foes, including Taiwanese President Tsai Ing-wen and Hong Kong's pro-democracy protesters.

この記事では水谷も言及されているが、彼が投稿を削除したのがあたかも中国のウルトラナショナリストに攻撃されたからだ、と読めてしまうのは、皮肉な所である。


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