火のない所に煙は立たぬ
「君、確か家庭を持ったら子どもがほしいんだっけ?」
今日も、君は俺の気持ちを無視して話しかけてくる。
いつも隣にいる彼女が持ち出す話題は、いつだって恋愛の話だ。
口を開けば理想の男性像について話し始め、話題を変えても、気がつけばロマンチックな出会いの話になっている。
正直、頼むから別の話をしてほしいと思っている。
そんな内心を、彼女も察してはいるのだろう。
それをわかったうえで堂々と無視をするのだから質が悪い。
つまり、結局どれだけ拒絶しても勝手に話し始めるので、瓶の中の花を入れ替えながら聞き流すことにした。
「まず初めに、人は動物だ。
種の存続が生物としての必須事項であり、そのために人は必ず自らの遺伝子を後世に残したいという欲求を持つのは当然だ。
だから、子どもを持ちたいという欲求は生物的に当然と述べておきたい」
花の入れ替えが終わったので、次はブラシを手に持ち掃除を始める。
8月も後半となり、気温は1年で1番暑い時期が迫ってきた。
汗が滝のように流れるのを感じながら、これが終わったらアイスでも買おうかと考える。
「……とはいえ、子供を育てるのは非常に困難なことだ。
だからこそ、パートナー同士でお互いに子どもを育てる時期や人数を話し合うのはとても重要なことになる。
ちなみに、私と君と理想は完全に不一致だ」
「…………」
掃除の仕上げとして、バケツに残っていた水を上からかける。
そして、最後にポケットからライターを取り出す。
点火を試みるが、どうやら今日も火はつかないみたいだった。
「子育てに関わらず、不満を抱えることは、共同生活にとって百害あって一利なしだ。
そして、私たちのこの違いは絶対に解決のすることが出来ないことだ。
つまりわかりやすく言うと、私たちはどう頑張っても、二人で上手くやっていくことが出来ないということだ」
「…………」
「……、……だからさ」
カチカチと、全く付く気配のないライターを押し続ける。
カチカチ、カチカチ。
それでもライターはつかなくて、
「……何年も前に死んだ私への恋心、まだ捨てようとは思えないのかい?」
「……そう思わないから、こうして何度もお前の墓に来てるんだよ」
ライターがつかないので仕方なく、線香は諦めて手を合わせるだけにして、1つだけやけに綺麗なお墓を後にした。
その背中を、幽霊となった彼女が追ってくる。
「君が慕い続けてくれるのは嬉しいけど、霊体じゃその気持ちは受け取れないし、子供だって生めないんだ」
「けど気持ちは伝わっている。俺はそれで十分幸福だ」
「それは思い込みだ。一方通行の思いなんて、いつか絶対に保てなくなる」
彼女はいつも恋愛の話をして、最後に私のことなど忘れてと懇願する。
それだけは絶対に受け入れられない。
だから、他ならぬ君の口から否定の言葉を投げかけないで欲しい。
そんな思いと共に、ポケットの中のライターをきつく握りしめる。
お墓参りをするようになって、初めて買ったそのライターを。
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