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広島に行ったら旅行の楽しみに気づけた

4月29日、30日に広島県へ行ってきた

水樹奈々のライブがあるたびに車をぶっ飛ばして関東にくる友人の地元ということで、いつかはこっちから赴きたかった場所だった。とはいえ、元々旅行に興味がない方だったのでそう思い始めたのはちょうど行動が制限され始めてからのことだった。

行動制限も緩和されて広島行きのきっかけを探していた折に、水樹奈々が広島交響楽団のコンサートにゲストするとのこと。指揮を担当する藤野浩一さんは過去水樹奈々のフルオーケストラライブで指揮をふるったことがある人物で今回はその縁だ。で、チケットが当たった

ということで、無事広島行きの切符を手にして旅行に行ってきたわけだが、これがすごく良かった。30歳も終えようとしてるこの年頃になって、旅行という体験の良さにようやく気づけた。大学生時代に彼女に誘われて行ったこがあるけど、正直なにが楽しいのかわからなかった。彼女と楽しい時間を過ごすことはできたけど、それがわざわざ手間と時間をかけて何処かへ行く必要があるのかはずっと疑問だった。だったけど、今回1人で旅行してみて、旅行へ行きたがる人の気持ちがすこしわかれた気がした。

申し上げておくと、広島県がイマイチだったとかそういうわけではない。比重が思いのほか旅行に傾いてしまっただけでまた訪れたいなとは思っている。ということで、この記事ではそんな体験を追想しながら振り返っていきたいとおもうのでお付き合いいただければとおもう。

広島へは新幹線で向かった。出発前に立ち寄ったコンビニ前で、飲み明かしたであろう大学生たちグループ数十人が缶チューハイ片手にたむろして楽しそうにしていた。突然ハトを追い払いだした彼はきっとおもしろくないんだろうな、と彼と彼を見つめる冷ややかな視線たちとをまだ覚めないまま眺めつつゆで卵を食べた。

新横浜は気持ちのいい快晴だった。新幹線に乗り込み新横浜駅を8時前に出発した。車中ではラジオを聞いたり、若林正恭『ナナメの夕暮れ』や長野まゆみ『鉱石倶楽部』を読んだり、身体に合わないのを知ってるくせに憧れで飲むスタバのコーヒーで腹を下したり、外に忍者を走らせたりして過ごした。京都・大阪を過ぎたあたりで急に田舎感が強くなったのとまだ半分なんだと退屈を感じ始めた。

広島はすこしガスっていて、ぱらぱらと雨が降っていた。路面電車に乗り換えて原爆ドーム、広島平和記念資料館へ向かった。広島に行くからにはかならず行かなくてはいけないとおもっていたところだ。路面電車は

原爆被害の恐ろしさを伝える生々しいの証左たち。あえて細かく言葉で表現することはしないが、しずかに重くそこに在る展示物からは愚かな判断に巻き込まれた哀しみと生命力を感じた。展示物の中で、後遺症に悩まされながらも家族のために生きねばと誓う青年が記した日記が印象的だった。記された「原爆の被害から復興する街並みによって悲劇がやがて忘れられてしまうのではないか」と憂う一文に並々ならぬものを感じた。

資料館を一回りしたあとは、ホテルのチェックインを済まして、ホテルで借りた人ひとりが入らない傘を差しながら資料館とは目と鼻のほどの場所にあるコンサートホールへと足を運んだ。会場では件の友人たちにも会うことができた。保育園の先生をしてる配偶者の方にもご挨拶できたし、『ラヴィット』を録画するほど好きなお姉さんには守屋麗奈の写真集をお土産に持っていったら興奮気味のスケベエなラインが届いた

今回の目的であるコンサートは楽しかった。『EnerGia2023 広響POPS CONCERT』は2部制で構成されており、水樹奈々の登場は第2部から。第1部ではポップスコンサートということで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のテーマや藤野さんの下積み時代に働いていたストリップにまつわる楽曲が演奏された。奈々さんの曲目は過去に披露したことがある曲やカバー曲だったので目新しさはなかったので物足りなさは感じたけど、このときこの場所で聴いた『愛の星』はまた一味ちがう包容力があった。

この日はけっきょく、終日雨が降っていたので、繁華街を散策する余裕もなかったので目についた鉄板焼き屋に入った。話しかけられた隣の席のおばちゃんにおすすめのお好み焼きのトッピングを聞いたり「がんす」というご当地食品を教えてもらった。がんすは練りものに衣をまぶして揚げたもので、なかに練り込まれた七味がほどよくピリ辛。すごく美味しくてお土産に買って帰った。

お好み焼きをつつきながらおばちゃんと話していて思ったことだけど、自分のしゃべり方が薄っぺらすぎる。我ながら愛想よく話しちゃいるんだけどその愛想のよさが一線を引くような無機質な態度になってしまってる。焦げる三つ葉ソースの匂いを嗅ぎながら考えた結果、わたしが人に対して全然質問しないことに気がついた。人の問いかけには愛想よく返事できるくせに質問を返さないから会話が成立してもコミュニケーションが成立してない。だから会話はすぐさま立ち消える。どこか無機質で味気ない、盛り上がらない、楽しくない。その原因にたどり着いた頃にはおばちゃんはもう帰ってしまってた。この旅行中で唯一の残念な出来事だった。

それからホテルに帰ってきて、12時くらいには寝たとおもう。

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翌日は5時くらいに起きて、9時にはチェックアウト、宮島へと向かった。メインイベントは昨日終えたのでこの日は19時の新幹線までどこへ行こうかずっと悩んでいた。宮島に決めたのも海が見たいとおもったから。

路面電車で40分、フェリーで5分、宮島に到着した。フェリー発着口から厳島神社までの道のりが仲見世通りになっていて、焼き牡蠣や揚げもみじまんじゅうなどを片っ端から食べ歩いて、瀬戸内レモンを使った生レモンソルティサイダーをいただいちゃったりなんかして。酒に弱いもんだから厳島神社に着く頃にはすっかりできあがり、近くの腰かけ石で「瀬戸内海の風は気持ちいいな~」なんて独り言を言ってみたり。(厳島神社から見えるのは広島湾である。

海を眺めながらわたしは無類の解放感を得ていた。朝は何時に起きるとか、そのために何時に寝なきゃいけないとか、作業効率とか、予定の時間まであと何分とか、相見積もりでどっちがいいとか、1とか、2とか、3だとか。わたしがふだん社会で暮らすために意識せざるをえない数字や計算物のひとつひとつから解放された実感。美味しいものを食べて「美味い」と言う一次思考で過ごす解放感それを誰にも侵害されない安心感も一人旅をすれば加わる。これは住処から離れなければ絶対に手に入らない快楽だ。ああ、旅行へ向かうひとたちはこの安息を求めて何処かへ出発するのか、と合点がいく。べつに名産品でもないけど食べたかったらチョコバナナ食べてもいいんだ。

この快楽に気づいた2日目はこのあとも終始こんな調子で過ごすことにしたので、このあたりからは特筆すべき記憶はほとんどない。けっきょく4時間ほど宮島に滞在、その間に白糸の滝を観にちょい登山したり(道中転がってるデッカい岩は”自然”だなって思った。自然物はデカい)、鹿と友達になったりした(毛がゴワゴワしてた)。

その後は市街地に戻って、その土地の人たちの生活模様が見たかったので本通り商店街を歩いてみたり、昨日できなかった中国四国地方最大の歓楽街という流川・薬研堀地区を散策をした。見渡す限りの飲み屋スナックガールズバーキャバクラ。広島の人はとにかく酒を飲むらしい。銭湯を見つけたけど定休日。聞くところによるとこの周辺は野球などの関係で土曜日が盛んだから日曜は休みのところが多いそうだ。これは他の旅行地でも参考になりそうだ。

出発時間の2時間くらい前には広島駅に到着。お土産を買いこんでから、ツイッターのフォロワーさんに教えてもらったビールスタンドで三度注ぎのビールをいただいた。三度注ぎによってビールの苦みがまろやかになっていて違う麦のお酒を飲んでるみたいだった。美味しかった。

こんな感じで、はじめての広島旅行は大満足のうちに終了した。いろんな発見や反省点が見つかった。また今度は違う土地へ旅行に行きたい。水樹奈々の地元・愛媛県に行ってみたいな。

おしまい。

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