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エメラルドグリーンの恋 ❮色づいた恋シリーズ第2段❯


緑の山々に囲まれた道、白いステーションワゴンの後ろを追走する。

私は山道を運転するのが好きだ。だから彼には悪いが、別で自分の愛車を走らせている。

白いステーションワゴンに合わせギアを落とし、また加速する。彼のブレーキペダルを極力踏まない走りに、好感を覚える。

繰り返されるカーブを同じペースで走る2台の車は、空から眺めたらきっと、息の合ったダンスのペアのように見えるだろう。想像して、ひとりほくそ笑む。

開け放った窓から入る風が心地いい。マイナスイオンを吸い込みながら、ステーションワゴンのバックミラーに写る彼に向かって微笑みかけてみる。彼はそんな私には気づかず運転に集中している。

今日は私にとって特別な日だ。恐らく歳下の彼からは言い出しにくいであろうセリフを、私から切り出すつもりだ。彼にとっても良い意味で特別な日になるはずだ。

やがて、一本道のどん詰まりにある観光地へと到着した。彼の運転するステーションワゴンは、観光地の入口にある駐車場へと入って行く。私はもう少し先の土産物屋に隣接された駐車場に車を停めた。彼が坂道を上がってくるまでの間、軽くメイクを直す。

彼がこちらに上がって来たのを確認して、車のドアを開ける。私は土産物屋のおばさんに、急いで駐車料金を支払う。

「お兄さん、帰りにウチの店でお蕎麦でも食べていってちょうだい」

おばさんが彼に声をかける。

「お蕎麦、いいねぇ。じゃ、あとで寄らせてもらうね」

私はおばさんと彼とのやりとりを見て、自然と頬がゆるむ。彼のこういう誰とでもフレンドリーに振る舞えるところが好きだ。たまに嫉妬することもあるけれど。

私は彼に続き歩き始める。直ぐにトンネルがあった。中は暗いけど、彼と一緒だから怖くなんかない。でも、この後の展開を想像してドキドキした。心臓の音がトンネル内に響いて、彼に聴こえてしまうのではないかと心配するくらいに。

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トンネルを抜けると、眼下に素晴らしい景色が広がった。吊り橋がある。〈夢の吊り橋〉というらしい。私は自分の夢を叶えるための場所を、その吊り橋と決めた。

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吊り橋の下に流れる川はエメラルドグリーン。あの美しい場所で遂に夢を叶えるのだ。

狭い階段。前を歩く彼の足どりは軽く、置いてかれそうになる。同じ社内のバスケットチームに所属する彼は、一段とばしで階段を降りてゆく。もう少し気をつかって、ゆっくりと歩いてくれればいいのに。そんな風に思いながらも、懸命に彼の背中を追う。

長い階段を下まで降りると、剥き出しの土の道が吊り橋まで続いている。私は息が切れたので、立ち止まりひと息つく。ペットボトルの水をひとくち含み、喉を湿らす。その間にも彼はひとりでどんどんと進んで行ってしまう。

彼は吊り橋の手前で止まり、スマホで景色を撮影している。私もようやく彼に追いつく。私にかまわず先に行ってしまう彼に少し腹は立ったものの、清々しいリラックスした表情で景色を眺めている彼に、つい、みとれてしまう。すらりと伸びた手足、大きく逞しい体。全部が私のもの。

別のカップルが吊り橋を渡っている。私は彼と少し離れた場所で、騒ぎながら楽しそうに渡っているカップルが、吊り橋を渡りきるのを待つ。

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カップルが吊り橋を渡って向こう岸についたのを確認して、彼が吊り橋を渡り始めようとする。

「ちょっと待って」

私は彼の腕を掴んだ。彼は驚いた顔をしている。

「私、高いとこ苦手なの。でも、あなたとなら一緒に渡れそうな気がする。だから、その……」

彼が不思議そうな表情をして、私の眼を見つめてくる。緊張で胸が張り裂けそうだ。でも頑張って、今、伝えなければ。

「ここをふたりで渡り切ったら、私と結婚して欲しいの」

婚約指輪も鞄の中に用意してある。事前に自分で買っておいたのだ。本当は男である彼が用意すべきだけれど、彼のプロポーズを待っていたら、私はもうオバサンになってしまう。

「えっ」

彼はそう言ったまま固まってしまう。

「いきなりで驚くのは当然だと思うけど、もうあなたも私の気持ちに気づいていたはずよ」

「えっ、えーっ。私の気持ちって…… 今、ここに来るまでの道、近くを歩いていただけじゃないですか」

「そんなことない。私はずっとあなたのこと見ていたし、あなたも私を見ていたわ」

「ちょっと、何を言ってるんですか。あんた頭おかしいんじゃないの」

そう言って彼は私の手を振りほどき、逃げるように吊り橋を渡り始めた。私は目の前が真っ暗になり、何も考えることが出来なくなった。

気がつくと私は吊り橋を全速力で走っていた。彼は橋の中ほどで、吊り橋の片方のロープに両手でしがみついて、揺れに耐えている。訳のわからない叫び声が聴こえる。どうやら私の口から発せられているようだ。私はそのままの勢いで、彼に体当たりした。ふたりはもつれ合うようにして、橋から転げ落ちた。

エメラルドグリーンに吸い込まれるような感覚で落ちてゆく。彼の叫び声が聴こえる。水面にぶつかる直前、私に幸福感が訪れる。これで彼とふたり、一緒の運命を分かち合える。さっきの彼の侮辱的な態度は許してあげよう。

直後、水面に叩きつけられる。体がバラバラになったような衝撃だ。頭を川底に打ちつける。眼の奥で火花が散る。仰向けの状態で手足は動かないし、感覚もない。顔の前で赤い液体が揺れている。

赤いフィルターの向こうで、彼の大きな体がうつ伏せの状態でこちらを向いている。彼の額からも赤い液体が吹き出ていて、その液体が水中で広がるにつれ、オレンジ色に変わってゆく。

彼は驚いたままの顔で、眼を見開いている。私のために少しくらい笑ってみせてくれてもいいのに。

彼のうしろには水面が見える。少し白濁したようなエメラルドグリーンからは、きらきらとした光が射し込んでいる。まるで用意してきた指輪のようだ。

私の体は彼の体と重なり、緩やかに流されてゆく。

愛する彼と一緒に、このエメラルドグリーンに溶けてしまいたい。そう考えた瞬間、私の意識は暗闇に呑み込まれていった。



【END】



色づいた恋シリーズ第一段はコチラ

なんだか今回のと色が似てるなぁ。








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