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あの人とのこと #あなたへの手紙コンテスト

あなたとの関係において、前置きなんかはいらないわよね。あなたにはちゃんと教えてあげないとわかってもらえないようだから、この手紙を送ることにしました。では早速、本題へ。



あの人とのことについて。

私の方があなたよりもずっとずっと前からあの人のこと好きだった。あの人は会うたびいつも優しく私に声をかけてくれた。

朝、会社の入り口で顔を合わせた時。食堂で手作りのお弁当を食べている時。他に誰もいない喫煙所で。

あの爽やかでありながらも熱っぽい視線。小さなえくぼと下がる目尻が可愛らしい笑顔。なんの苦労もしてこなかったかのような、すらりと長い指先。

それらは全部、私だけのものだったはず。

でもあの日からあなたが邪魔したの。

週末の仕事終わり、いつものようにあの人が会社から出てくるのを向かいの小さな公園のベンチで待って、後を追いかけたのだけれど、あの人は駅に着くといつもとは反対の方向に向かう電車に乗った。危うく私は乗り遅れそうになったわ。電車に揺られながらスマホを弄る姿は、コートの背中からもウキウキ感が伝わって見えた。終点の駅に着くと、あの人は改札まで急ぎ足で歩いて行ったから、私は駆け足で追いかけた。改札を出たあと、あの人は大きく右手を上げた。その先にいたのはあなた。あなたはバカみたいに嬉しそうな顔をして、あの人の腕に絡みついた。私は目の前の光景が信じられなくて、その場で固まってしまったの。あなたとあの人の後ろ姿を見つめたまま。あなた達の姿が見えなくなって、我に還り追いかけたのだけど、もう何処に行ったのかわからなくなってしまった。それから私は彼のマンションの近くのコンビニで、あの人の帰りをずっと待ったわ。見逃してしまったのではないかと、マンションの部屋の明かりを何度も確認しながら。でもその夜、あの人が帰って来ることはなかった。空が明るくなってきた頃、コンビニの店員に声をかけられ、諦めて自分の部屋に帰ったわ。あの人があなたに騙されていると知って、悔しくて悔しくて大事にしていたクマのぬいぐるみを八つ裂きにしちゃったじゃないの。でも、私は泣いたりなんかしなかったわ。だって、あの人はたった一度の過ちを犯してしまっただけ。すぐに後悔して、また私のことだけを見ていてくれると思っていたから。

次の週末、また彼は同じ駅で降りてあなたと会った。今度は恋人つなぎなんかしちゃって、本当に腹がたったわ。私はあなた達のあとをついていった。あの人はあなたにせがまれて、イタリアンのお店なんかに連れていかれちゃって。あの人は和の家庭的な料理が好きなのに。いつもスーパーなんかで唐揚げとか肉じゃがなんかを買っているのを知っているんだから。あなたは彼に、普段は飲まないワインを無理やり飲ませちゃって。あの人を酔っぱらわせたあげく、アパートに引きずり込んじゃったわね。さすがにあれはまずいわ。犯罪よ。犯罪。110番して警察を呼ぼうかとも思ったけれど、私と彼との問題でもあるから自分で解決することにしたの。それであなたの部屋のポストに〈この盗人〉と書いた手紙を入れておいた。あなたも知っている通り、真っ赤な便箋を黒い封筒に入れて。

あなたはそれでもあの人を誘惑するのをやめなかった。あの人をいやらしいホテルに誘いこんだり、飛行機にまで乗せてどっかよその国まで連れて行ったり。まったく図々しいったらありゃしない。私はその都度〈淫乱女〉だとか〈誘拐犯〉だとかっていう手紙を黒い封筒に入れてあなたの部屋のポストに放り込んでおいたのに、あなたはまったく反省する素振りもみせない。八つ裂きにしてしまった大事なクマちゃんと一緒に〈判決 死刑〉と書いた便箋を入れて送ってあげた後でさえ、寧ろあの人に甘えるようになっちゃって。だから実際に執行してあげることにしたの。

お腹の傷はもう治ったかな。予定外の邪魔が入っちゃったから死刑に出来なかったのは残念だったな。でも包丁が刺さった時のあなたの驚いた顔、笑っちゃいけないけどすごく面白かったわ。

私は今、収監前の保釈中です。どうして私だけ罰を受けなくてはいけないのか理解できませんが、おかげで新しく好きな人ができました。弁護士さんです。彼はあの人なんかより、とっても優しいの。私の話を真剣な眼差しで聞いてくれるし、心から私のことを助けようとしてくれる。絶対、彼も私に気があるわ。

ということで、ちょっとおバカなあの人は、あなたに ア・ゲ・ル

せいぜいふたりで仲良く楽しんでね♡

あっ、だけどあの人、浮気性なところがあるから気をつけてくださいね。って、あなたが一番よく知ってるか。

最後に。私の邪魔はもうしないでね。次、何かあったらもう…… それもわかってるわね。

それじゃ、くれぐれもお元気で。


幼気な子猫ちゃんより

身のほど知らずなあなたへ




この記事は、水野うたさん企画#あなたへの手紙コンテスト への応募作品です。

800~2000字で愛のある手紙を募集されています(なんと賞金付き)。

私のこの記事も愛に溢れています。

さあ、皆さんも是非ご応募を(*´∀`)つ



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