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フリーライターはビジネス書を読まない(65)

秘密にしていたこと

夢から覚めて、現実へ戻りつつ、意識がしだいにはっきりしてくる。まだ少し寝ぼけながら時計に目をやる。
6時を少し過ぎたあたり。
就寝が遅くても、ふだん通りの時間に目が覚める。習慣とは恐ろしいものだ。ふだんと違うのは、今寝ているベッドの下に、26歳の女性がひとり寝ていること。

眠れたかな?

下を覗く。
柳本が滞在しているあいだ、プライベートな空間としてベッドの下を空けたのはいいけれど、仕切りもカーテンもない。上から丸見えだ。
寝袋にくるまって、よく寝ている。

腹が減ったな。
私はいつも腹が減って目が覚める。起床して洗面を済ませたら、すぐ朝食の準備に取り掛かるのが朝のルーティンになっている。

柳本を起こさないよう細心の注意を払って、ベッドのはしごを降りる。
「もう朝ですね。おはようございます」
足元で声がした。
柳本が寝袋から目だけ覗かせている。
「おはようございます。起こした?」
「目が覚めてました」
「眠れた?」
「ん、まぁ少し」
そりゃそうだろうな。他人のうちにきて、初日から熟睡できるわけない。

「朝ごはん、パンでいいですか?」
いつもの朝は電子レンジ用の炊飯器で1合だけ米を炊くのだが、今日は惣菜パンを買ってある。
「食べられるものなら、なんでもいいです」
そういって、柳本は寝袋の中で「ふふっ」と笑った。

朝ごはんの支度は簡単だった。コーヒーを淹れて、キッチンから寝室兼用のリビングへコンビニの袋ごとパンをもってくるだけ。テレビで朝のニュースを見ながら、2人で食べる。
なんともいえない不思議な感覚だった。

後片付け……といっても、コーヒーカップを洗うだけだが、
「あたしがやります」といって、柳本がやってくれた。

さて今日は、さっそく京都まで出かけて、柳本が暮らす部屋探しをする。
本当に3日のあいだに見つかるだろうか。多少は長引くかもしれない覚悟はしているけれど、それでも1週間くらいが限度だろう。
現状、この部屋には、お互いにプライバシーがない。“ただの知り合い”の男女が一緒に暮らすには、不具合しかない環境なのだ。

「今日、京都まで一緒に行ってくださるんですよね」
洗い物を済ませた柳本が戻ってきた。そして、あらたまった様子で「はじめに、お話ししておかないといけないことがあります」という。
「何でしょう?」
こっちも緊張する。

「宮城には、もう帰りません」
「うん、京都に住むんですよね」
「一生帰りません。だからパソコンも置いてきたし、デザインの仕事も宮城のクライアントさんとは縁を切ってきました。メールも全部消してきました。もう京都に住むしかないんです。よろしくお願いします」

なにを「よろしく」なのか分からないけど、そうとうな覚悟を決めてきたのは分かった。と同時に、幼馴染で初恋の相手がいる同じ地で暮らしたいという想いにしては強すぎて、いささか「執念」めいたものも感じる。
あんまり深入りする前に出て行ってもらったほうがよさそうだ。もっとも、こうして自分の部屋に泊めていることが、すでに充分に深入りなのだが。

宮城のクライアントと縁を切ってきたといったが、仕事はどうするつもりだろう? 部屋を借りたら、当然に家賃が発生する。しばらくは貯えがあるのかもしれないが、いつまでも続くわけないし。
こっちで新規に営業をかけるつもりなら、見通しが甘いかもしれない。

「それと、もうひとつ」と柳本はいう。
まだあるのか。
「あたし、慣れてきたら、いいたいことをいいます。性格ですから、すみません」

やっぱり早く住むところを見つけて、早々にお引き取り願おう。

(つづく)

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