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フリーライターはビジネス書を読まない(64)

初日の夜

深夜11時過ぎの地下鉄御堂筋線。車内はアルコール臭かった。
酔っぱらいは大声でしゃべるか、座席に身も心も預けて爆睡している。天王寺、難波、梅田を経て新大阪へ向かう車内でさえこうなのだから、都心から郊外へ向かう「なかもず行」は、ちょっと1杯のつもりで飲み過ぎた勤め帰りのサラリーマンで、もっと大変なことになっているだろう。

新大阪へ向かう車内で柳本からのメールを受け取った。
〔新大阪行きの新幹線に乗りました〕

ということは、50分後には着く。
いい感じの時間配分だ。
我が家の準備は整えてある。
これから柳本聡美を迎えに行くのだ。

柳本を乗せた「ひかり」が着くにはまだ早いが、ほかにやることもないから入場券を買ってホームに上がった。
今日は10月31日、さすがに深夜11時すぎになると寒い。

〔京都を出ました〕
柳本からメールが届く。あと15分くらいか。
すでにホームで待っていることを返信する。
どの車輛に乗っているんだろうと思っていたら、
〔2号車に乗っています〕
と返事がきた。
「もし駅でうまく出会えなかったら」と不安なのだろう。

柳本を乗せているはずの「ひかり」が、減速しながらゆっくりとホームに滑り込んでくる。
完全に停止して、扉が開く。こんな時間なのに、思いのほか下車してくる客が多い。柳本の姿を目で探す。が、なかなか降りてこない。
車輛を間違えたかな。
最後に降りてきたのが柳本だった。

キャスター付きのスーツケースを引きずって、柳本が近づいてくる。
「お久しぶりです。このたびは、本当にすみません」
1カ月前に京都で会ったときと、印象は変わっていなかった。季節柄、服装がやや厚着になったぐらい。

「飛行機と新幹線を乗り継いで、お疲れさまでした」
敢えて「お待ちしてました」とはいわなかった。
「行きましょうか」
柳本を促して、改札へ向かう。
自動改札機を通るとき、どういうわけか柳本がもっていた切符が通らずゲートが閉まるという小さなアクシデントがあった。駅員に切符を見せたら問題はないという。
「何だったんだろうね」
笑いながら、地下鉄の駅へ向かって歩く。

柳本が滞在することになっている3日間は、スーパーのバイトは休みをもらっていた。この3日間で京都に住処を見つけて、移ってもらわないといけない。京都にまったく土地勘のない柳本に同行して、仲介業者をまわる手助けをするつもりだった。

柳本を連れて帰りついたときには、もう日付が変わっていた。
「お世話になります」
柳本はスーツケースから小さな包みを取り出して、差し出してきた。
「宮城のお菓子です。よくある、お土産用のお饅頭ですが」といいケラケラ笑った。
その姿を見て不覚にも「かわいい」と思ってしまった。
いかん、理性を失ってはいかんのだ。

ロフトベッドの下を開放したから、滞在中はプライベートな空間として使ってもらうことや、押し入れの中もスペースを空けたことなど、ひととおり説明して、その日はひとまず風呂に入って休むことにした。
「その前に電話していいですか」
無事に着いたことを旦那に報告するという。そりゃそうだ。本当なら、私から「着かれましたよ」と連絡しないといけない。
「旦那が、電話を代われっていってます」
柳本からガラケーを受け取る。
「妻がお世話になります」
初めて聞く、旦那の声。穏やかで誠実そうな印象だ。ひとまず無難に、型通りの挨拶を済ませた。

そのあと交代で入浴したのだが、我が家はユニットバス。シャワーを浴びるときはカーテンを閉めるという基本的な使い方を、柳本は知らなかったようだ。
柳本のあとから入ったら、浴室じゅうが水浸しになっていた。
これは明日、教えておかないといけないな。

入浴を済ませると、柳本もやっと人心地着いたようだった。
「寝具はこれを使ってね」
実家から借りてきた毛布を渡し、昼間押し入れの奥から引っ張り出して、急遽天日干ししておいた寝袋も渡した。長くても3泊だから、これで間に合うだろう。
「短い間だけど、よろしく」のあいさつ代わりに缶チューハイで軽く1杯やって就寝した頃には、深夜2時を過ぎていた。

(つづく)

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