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11月の光

ああ、いや、別に何を撮っているっていう訳でもないんだけど・・・。
適当にそこら辺の・・・。
街の中とかこういう公園の中の、特に何でもないようなところを撮ったり。
いや、別に趣味ってわけじゃない。
写真が趣味の人ってほら、こんなスマホじゃなくてカメラで撮るでしょう。
うん、ただなんとなくね。
11月のこういう天気が良い日って、気持ちが良いしね・・・なんか適当にそこら辺を撮ってもけっこう悪くない写真が撮れるような気がして・・・。

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昔ね、もうずっと昔、ぼくが大学生の頃。
写真撮るのが好きな娘と友達になって・・・。
うん、同じ大学の娘で。
ぼくが一人で映画を観に行った時に・・・ええと・・・「彼女たちの舞台」って映画だったな・・・、いや、どんな映画かはあんまり憶えてない・・・なんか舞台女優をめざす若い女の娘たちの話だったと思うけど・・・それで、その映画を観た映画館のロビーでその娘とばったり会って・・・顔と名前は知ってたけどちゃんと話したことは無かった・・・で、その時に「ああ」みたいな感じで、ちょっと話をして。
それからたまに会うと少し話をするようになった。

いや、付き合ったりとかそういうんじゃない、ま、友達だね。
ぼくは友達が少なかったから、貴重な友達だったけどね・・・。

で、その娘は写真を撮るのが好きだった。
ほら、今みたいに携帯とか無い頃だから、写真を撮る、って今よりもずっと特別なことだったんだよね。

どうかな、彼女が写真家になりたいとか思ってたのかどうかはわからない。
そういう話は聞いたことなかったな。
一回だけギャラリーみたいなところに彼女の写真を観に行ったことがあった。
たしか三人展っていう・・・そう、彼女の他に後二人、同じように写真を撮っている人と、うん、三人の撮った写真を展示してあって、その時に初めてその娘の撮った写真を見た。
その娘の写真はちょっと変わっていて、全部自分の写真・・・セルフポートレートっていうのかな、自分を撮った写真で・・・部屋の中じゃなくって外で、特にきれいなところとかじゃなくて、ごく普通の、街の中とか公園の中とかの特に何でもないようなところで、自画像を撮っていた。
後ろ向きで。

そう、全部後ろ向きの写真。
顔が映っている写真は一枚も無くて・・・。
「なんで顔を写さないの」って聞いたことがあるけど、
「顔がうつるとうるさいから」
って言ってたな・・・。

うん、それで、その娘が言ってた。
写真を撮るのは11月が一番いい、って。
空気が澄んでいて、何もかもはっきり見えるから。
ただ11月の光はちょっとこわいけど、って。
11月の光が一番・・・なんて言ってたっけな・・・何もかもはっきり見えて・・・それで、すべての物の輪郭がくっきりとして・・・あまりにくっきりとしているから、逆にこちらの輪郭が薄くなっていって、自分が消えてしまうような気がするんだ、って・・・。
自分が薄くなって消えていくような気がする。
うん、なんかそんなようなことを言ってた。
ん?いや、ぼくはぜんぜんわからなかったね。
でもその頃は「わからない」って言うのが嫌で、なにかわかった様な返事をしてた様な気がするな・・・。
あなたはわかる?
まわりがはっきりしすぎて、逆に自分の方が消えてしまう、っていう感覚。

「消えてしまいたい、ってこと?」
って聞いたら、
「いや、そういうんじゃない。自分がどうしたいとかじゃなくて、ただ、ああ、消えてしまうな、って感じ」
って言ってた。

ある日、彼女がいなくなった。
11月だった。
ぼくは、そういえば最近見かけないな、ってくらいに思ってたんだけど、彼女の父親が探しに来て、なんかけっこう大ごとなんだ、ってはじめてわかった。

大学の誰かが勘違いして、ぼくと彼女が付き合っている、みたいなことを言ったらしくて、彼女の父親が僕に会いに来た。
たまに会ったら話をする程度の友達で、どこにいるのかも全然わからない、って説明はしたけど、なんか疑われているような感じで困ったな。

少しして、ぼくのアパートの郵便受けに封筒が入ってた。
封筒の裏側に彼女の名前が書いてあった。
名前だけ、住所は無かった。
切手が貼っていなかったから、直接投函されたんだと思う。
手紙じゃなかった。
封筒の中には写真が一枚入っていただけ。

いや、セルフポートレートじゃなかった。
人間は誰も映っていない、ただのそこら辺の・・・そこらへんにカメラを向けて撮った感じの写真だった。

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どう思ったか?
どう思ったかなあ・・・。
とにかくたぶん元気でやってるんだろうな、と思って少しほっとしたかな。
彼女のお父さんからは何かあったら知らせてくれ、って連絡先をもらっていたけど、その写真のことは伝えなかった。
何でかな。
彼女の名前が書いてあっただけで、本当に彼女かどうかわからないし・・・。
誰かのいたずらかも・・・まあ、そんないたずらをしそうな人は思いつかなかったけど・・・。
写真も、いかにも彼女が撮りそうな写真だった。
彼女が写ってないことを除けばね。

それから?
いや、話はこれでおしまい。
はは、申し訳ないね、なんか・・・小説っぽい展開とかオチとかを話してあげられると良かったんだけど。

けっきょく彼女がどうなったのかもわからない。
ぼくはそれから少しして大学を卒業して就職して、彼女のこともあまり思い出さなくなった。
色々と個人的に大変なこともあってそれどころじゃなかった、って感じかな。

もう二昔も三昔も前の話なんだけど、今頃になって、なんでか知らないけどたまに彼女のことを思い出すようになった。
まあ年を取って若い頃のことを懐かしむようになっただけなのかもしれない。

うん、それでこうやってスマホで写真を撮ったりして・・・、まあ、別になんていうこともない・・・趣味ってほどでもないんだ。

11月のこういう天気の良い日はいいね。
まだ暖かいし。
何もかもはっきり見えて・・・。

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