見出し画像

料理も酒も美味しいのに潰れてしまった居酒屋の話

noteの募集テーマで「#このお店が好きなわけ」というテーマを目にして、懐かしいお店をふっと思い出した。

私の地元にあったそのお店は非常に人気のある居酒屋だった。しかし店長の交代を機に客が徐々に離れてしまい、最終的には潰れてしまったのである。

私が通っていたのは10年以上前の話だ。今振り返ってみても料理やお酒は美味しいし、スタッフは明るく人当たりの良い人達ばかりであった。

特に炙りの魚料理や惣菜料理を気に入っていたが、〆に出てくる出汁茶漬けも呑兵衛にとっては有難い一杯だった。

だが多くの客が足を運んだ最大の理由は、楽しい時間を過ごしてもらうおうという仕掛けや工夫の多さだったと思う。

料理は盛り付けに工夫を凝らしていて、時に立体的に見せたり、時に可愛らしく見せたり、客層に応じて変える細かさもあった。インスタグラムが集客ツールとなっている今の時代であれば、それだけで人を呼べそうなものである。

誕生日パーティーの予約客にケーキを運ぶ際は、消灯してドリカムの誕生日ソングを流し、その場に居合わせた見知らぬ客も一緒にお祝いする雰囲気を作っていた。今でこそよく見かける演出だが、当時は新鮮に感じていた。

カウンター席での独り飲みでも、居合わせた常連客や厨房の中にいる店長とたわいも無い話をしたり楽しい時間を過ごすことができていた。

とにかく、独り飲みだろうがグループ客だろうが非常に居心地の良い店だったのである。

では、そんな居酒屋からなぜ人が遠ざかってしまったのか。

キッカケは店長が代わったことだった。
私が通い始めた頃から店を切り盛りしていた店長が、家庭の事情により地元に帰ることになったのだ。
勤務最終日は常連客などが集まり、朝まで盛大に別れを惜しんだものである。

居酒屋は同じく切り盛りをしてきた副店長が引き継ぐことになった。元々、前店長の頃から調理はしていたので、引き継ぎ後も味は全く変わることなく料理とお酒を楽しむことができていた。

だが違和感を感じたのは、交代から割とすぐのことだった。
新店長がアルバイトスタッフのミスを強く注意することが増えてきたのだ。ちょっとした注意ぐらいなら仕事をする上でよく見かけるワンシーンかもしれないが、彼は鬼の形相で睨みつけたり怒鳴り声を響かせていた。

指導の有無や方法に口を挟むつもりは全く無いが、残念なことにこのやり取りがカウンター席の目の前で行われるのである。

楽しく話をしていたり、美味しい料理や酒に舌鼓を打っている時に、鬼の形相と怒鳴り声が目と耳に入る。これでどうやって楽しい呑みや息抜きを続けることができようか。

非常に居心地の悪い出来事は何度も続いた。最初の一杯でこのような場面に出くわし、20分と経たずに店を出たこともある。
そして最終的に私は足を運ぶことをやめてしまったのだ。

ある日、別の店で常連の仲間達と居合わせた。
彼らは見かけなくなった私を気にかけてくれていたそうで、率直にお店に行かなくなった理由を話してみた。すると、その常連仲間も全く同じ考えを抱いていて、やはり店から足が遠ざかり始めていたそうだ。

中にはやんわりと助言をした常連客もいたそうだが、やはりなかなか直ることもなく、昔から働いていたスタッフ達も辞めてしまい、徐々にあの居心地の良い雰囲気も変わってしまったという。

最終的に店が閉業してしまったのは、それから2年も経たない頃である。

断っておくが、引き継いだ店長の人間性は決して悪くない。彼もまた古い付き合いで、普段は非常に温和で気さくな人であった。それがどうして、そのようなことになってしまったのかは未だに不思議で仕方がない。本当のところはわからないが、新たに店を任されて気を負っていたのかもしれない。

まぁ、とっくに後の祭り・・・。

料理も美味しいし、酒も美味い。だが、それらを楽しめる居心地の良い雰囲気があったからこそ、非常に幅広い人達が通った店だったと思う。

それが内側から崩れてしまったのは、今振り返ってみても残念で仕方が無い想いだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?