課題01.この夏の出来事



  あんなに不味い焼き肉を食べたのは初めてだった。 

 八月に私と母、そして兄とその奥さんの四人で焼き肉を食べに行った。兄夫婦は今年の二月に結婚式を挙げたばかりの、いわゆるアツアツ新婚カップルだ。彼女は愛嬌があって、誰からも好かれるような魅力的な女性だ(蛇足だが、顔はMay J.に似ている)。 

 座敷に座ってから間もなくすると、予約していたコースの肉が運び込まれた。スーパーの肉とは違って、脂身が輝いて見える。しかし、何よりも輝いているのは、奥さんの左手薬指に光る七十万円の結婚指輪だった。 

 それの値段を聞かされた時、兄はとんでもない女性に捕まったんだな、と呆れた。でも、奥さんは二十八歳の兄よりも七歳年上なこともあるから、年齢ゆえのプライドがあるのかもしれない。そう考えれば、腑に落ちないこともなかった。しかし、そんな指輪をねだられてホイホイと買った兄の姿を想像すると、こんな頼りないお兄ちゃんだったけ、と悲しく思う。 

 母が肉をひっくり返しながら、奥さんと話していた。 
「そういえば職業訓練は順調?」 
「あれ、嫌になって辞めちゃったんです。ふふ。」やっちゃったぁ、とでも言いたげな表情で夫婦は見つめ合っている。それまで笑顔だった母の表情が一瞬歪んだ。元々二人は東京で同棲していたが、兄の転勤のせいで長崎に住むことになり、奥さんは今までしていた仕事を辞めることになった。そこで、奥さんは職業訓練を始めていたのだ。 

 年を取っている=大人ではないだろう。しかし、奥さんはその差が極端だ。もうアラフォーだというのに、どこか抜けているような、来年の二月に出産を控えているとは思えない幼さの残る人だ。もちろん私も子供を育てた経験はないけれど、これで大丈夫なのかと不安になる。このままだと、私は奥さんの文句ばかりを垂れる弱冠十八歳のいけずな小姑になってしまいそうだが、今まで周囲と群れず、我が道を一人で突っ走るような生き方をしていた兄が、そのような女性にぞっこんであることが、未だに信じられない。 

 ……なんて考えて黙っていると、奥さんが私に声をかけた。傍から見ていてもそうだが、話すとより、彼女の愛想の良さ、笑顔の愛らしさを感じる。しかし、この笑顔の裏には、兄を尻に敷くような強かさが見え隠れしている。今まで私の上にいた、「兄」だった彼が、こんな人に手玉に取られてしまったのか。そんなことを考えながら頬張る肉の味は、最悪だった。 


振り返り
すごい拗らせブラコンな気がするけど
同じく兄や姉の結婚≒失恋、に近い感情になる人が周囲に一定数いて、ただのブラコンだと分かりました。

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