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【ポンポコ製菓顛末記】                   #47 理想と現実

 今や各企業は持続的成長の為に人財育成が大事と謳っている。企業の資産で最も大切なのは人的資本で、社員の能力を如何に経営に活かせるか否かに関心が高まっている。残念ながら社員のやる気の無さについては日本は最低レベルだ。原因に社会の仕組みももちろんあるが、トップの意識の影響も大きい。
 
 


言ったとおりだろ!!


 
 ポンポコ製菓は創業家企業で代々創業家がトップを務めてきた。創業者は田沼平次郎と木村一雄の二人で起業した。片方が職人、片方が経営という2人3脚で会社を大きくしたが、その後継は誇大投資癖が収まらず随分と会社に迷惑をかけた。
 木村一雄の孫が5代目社長を務めたときは創業百周年事業に失敗し、本業も無配赤字に転落した。その後を引き継いだのが田沼平次郎の孫で6代目社長にあたる。この顛末記によく出てくる会長である。
 会長が社長就任当時、社債を発行していたが償還時に黒字化しないとデフォルト状態になって、つぶれるかもしれないという崖っぷちの状態であった。デフォルトとは債務不履行状態で、最近ではギリシアが先進国として陥った記憶が新しい。
 その崖っぷちの期にもかかわらず、第3四半期になっても通期赤字でいよいよ待ったなしであった。そして12月の休日土曜日、役員を全員集めろという指示があった。皆、敗戦処理の話かと思っていたら、あろうことか21世紀に向けた今後100年のビジョンをとうとうと語り始めた。
 皆、口をアングリあけていた。ビジョンを語るのは経営者としては必須だが、100年先よりも3ケ月後の始末をつけないとその先は無い。前回お話ししたセンスの問題だ。今、何が一番必要かという優先度が付けられない。そのようなことが社長就任前から繰り返してきたので社内での大ぼら吹きの印象はずっと拭えなかった。
 しかも始末の悪いことに、その時も第4四半期に何故か神風が吹いて業績が大躍進、一気に黒字化してラッキーなことに危機を乗り越えてしまった。何が起きたのか社内もつかめず、当然会長当人も解っていない。しかし「言ったとおりだろ!!」と本人は得意満面で、危機を克服したという変な自信と勘違いだけが、会長についてしまった
 江戸時代武芸家松浦静山は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と述べていたが、本当に不思議な勝ちであった。
 
 会長は日頃から派手なサクセスストーリーを好きであった。なかでもハリウッド映画に出てくる海兵隊が大のお気に入りだ。命令一つで敵陣に乗り込み、敵を一網打尽に平らげる。ああいう単純明快で解りやすいのが大好きである。念のために行っておくが、あの手の話はフィクションである。兵士募集のためのプロパガンダ映画で実態を美化してヒーローに仕立てている。しかし会長は海兵隊はカッコイイと信じて止まなかった。自分も命令一つで全国の社員が皆いうことを聞く、そういう経営をしたかった。 
 従って事業でも他社にはないユニークな新製品が売れて業績を上げるのが最も好きなサクセストーリーであった。

 社長就任時、確かに急に業績が向上し、復配、経営危機を脱出した。そしてその後一転して増益となり、奇跡のV字回復を果たした。この勝因の理由はきっと派手なサクセスストーリーがあったに違いないと、本人は信じて止まなかったのだろう。数年後私のところにその要因を分析し報告しろという命令があった。
 勝ったことも負けたことも分析するのはもちろん大切だ。しかし、その分析結果は残念ながら会長の望むストーリーではなかった。確かに最初に黒字化した第4四半期は何故か神風が吹いて急に主力品が売れ出した。しかしその後は余計なことをやらないで、ローコストオペレーションに徹したこと。つまりムダ使いしなかっただけであった。派手なサクセスストーリーなど何もなかった。
 しかしそれでは会長としては面白くない。面白くないので何度説明しても受け入れず、いつまでたっても「結局、解らないんだな」と認めなかった。真相は解っているけど、地味な勝因は信用しなかった。
 
 

主力事業が赤字のはずはない 

 
 
 会長のこの現実を直視しない、理想ばかりを追いかける意識は常日頃かわらない。
 ポンポコ製菓の主力事業の主力カテゴリーであるチョコレートは実は創業以来ずっと赤字であった。欧米に比べると品質の割に価格が合わず、いっこうに利益が出ない。
 ところが会長は主力事業が赤字などと露知らず、また、取り巻きゴマすり役員も真実を説明しない。私はそんな「裸の王様」状態に憤りを感じ、ある時役員会議で全て真相をばらした。会議は蜂の巣をつついたように騒然となった。会長はみるみる顔が赤らみ、「そんなはずはない、主力事業が赤字のはずはない!」と激怒し、まわりの専務・常務からも「そうだ!、そうだ!」と総スカンを食らった。
 私は一人会議で浮いてしまった。会長の理屈では、事業とは儲けるためにやる、現実に事業をしているのだから儲けていない筈はない、という何か哲学的信条であった。理屈はそうだが、現実と理想(理屈)とは一致しないのが世の常だ。そこが見えない、見ようとしないのが会長であり、取り巻き役員も解っているくせに伝えなかった。

 閉会後、最も非難した常務が私のところに詰め寄った。
曰く、「今日の会議でお前の提案が一番良かった。ようやった!!」と小声で私を褒めた。 偽善者め!と私は苦笑いした。
 

理想のために国を滅ぼしてはならない 

 
 
 日本の若者は諸外国に比べ自信が無いと言われる。低いうえに就職して年を取るごとにさらに低下し、自分自身の満足度も低下していくという。ギャラップ社が世界1300万人の若いビジネスマンを調査した結果、熱気あふれる社員は6%と139国中132位の低さで極端に少ない。やる気のない社員や周囲に不満をまき散らす社員も平均より多いという。

 夢がない、持てないというのは、個人の問題、組織の問題も多々あるが、経営者の資質、意識も多いに影響があるだろう。経営者が夢を語らず、日々四苦八苦の状態では組織や社員への影響は甚大だ。
 
 とはいえ現実離れした抽象的な理想を語ってばかりというのも問題だ。
成熟市場になり、市場環境が複雑になると、マーケティングは難しくなる。原点に立ち返り、そもそも自社のアイデンティ―は何か、何を目指すのかと言ったパーパス経営なるものが流行だ。
 確かに夢を忘れず、理想を求めるのは大切。但し、それには現実を踏まえて着実に進化していく堅実さがもっとも大事だ。現実から目を背けて、夢ばかりを追ってはカラ回りするばかりである。

 ジャーナリストの半藤一利氏は語っている。
理想のために国を滅ぼしてはならない と。
 また古代ギリシアの哲学者 プラトンも
人々の理想を囚われて現実を軽視する性を警告していた。

ポンポコ製菓の創業家後継の5代目社長は創業100周年事業という理想の為に会社更生法危機まで会社を追い込んだ。後をついだ同じ創業家後継の6代目社長も危機を脱したとはい、夢ばかり語り現実直視しなかった。その結果、数々の失敗を繰り返し、ずっと低収益のまま成長出来なかった。

 何故、人は古代から同じ失敗を繰り返すのか?次回深堀したい。
 
 但し、私としては読者の皆さまには『夢』は持ってほしい。どんなに小さくても。
TSUTAYA創業者の増田宗昭氏のことばを紹介する。
「夢なんか実現しっこないとう人もいるが、実は夢しか実現しない」


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