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【エッセイ】 モノを買いたいと思うこと


NEX-5R

モノを買いたいと思うこと


2023年の3月、僕はミラーレス一眼カメラを購入した。

色々な事情が重なって大学を卒業することに失敗し、それをきっかけに、結婚を考えるほど長く付き合っていた年上の恋人とも別れる事となった。──彼女の綿密に練られた人生プランを崩す訳にはいかなかった。

大学の卒業制作、就職、結婚

一年間、悩み戦ってきた大事な物事の全てが上手くいかず、一人、真っ新になった大地に取り残されたかのように感じていた時、側に擦り寄って来たのは”絶望”であり”誘惑”だった。

元々、わたしは”絶望”と親しい。
とても順風満帆とは言えない人生を送ってきたから。
わたしの知り合いなら大抵の人が知っている。あまりにも恥の多い人生のため、詳しくは記せないけれど、高校生活、大学受験、ゼミ配属とここ数年は特にひどい。

ただ、誓って言えることは”誘惑”と出会うの今回が初めてだった。

周りに迷惑をかけないようにと、まず始めたのは生前整理。

大事にしていた服や、希少価値もあるような書籍を捨て、少しづつ自分を削ぎ落としていくのは自傷行為に近い気持ち良さがあった。もう自分には必要ないものだと本気で考えていたから躊躇はなかった。

大好きだった映画やアニメを見る事は、自分と重ねてしまう事が原因で苦しくなり、サブスクリプションをすぐに解約した。世の中の多くの創作物には、夢破れる系のエッセンスや、恋愛のエッセンスが多分に含まれており、当時の自分を苦しめた。

そして人に会うことを極力避けるようになった。とにかく家族を含めて人が怖くなった。わたしはどういう見え方をしているのか、誰かに会う度に、そのことが絶えず頭の中を駆け巡った。自分を忘れて欲しいと本気で願っていた。

年が明け、卒業制作の提出期限を過ぎた後の一ヶ月余りを“彼ら”の囁きがままに、そうして過ごした。──けれども、今こうして文を綴っている事から分かるように、季節が一巡しようとしている今も、わたしは辛うじて生きている。


三月の上旬
わたしは元恋人に誘われ、県内のある地域へと出向いた。駅前のイベント出店や、プレオープンから通っていたコーヒースタンドのオープンがきっかけだった。他人が怖かったわたしは、不思議と、彼女とは会いたいと思った。

彼女にそのつもりがあったかどうかはわからないけれど、わたしは彼女に救われる。たわいも無い会話をして、いくつか約束もした。心療内科の通院、大学休学とアドバイスを貰い、実践することとなる。


蟄虫啓戸、明けない夜はないように、越せない冬はない。
ずっと家に閉じこもっていたけれど、気がつくと外は春の気配でいっぱいだった。

そして、死ぬ為に物を売っていたわたしは、生きる為に、誓いのカメラを買った。色は白を選んでいた。──きっと彼女はこの色を好む。

いつか再会した時に、このカメラでとった写真を彼女に見て貰いたい。
忘備録であり、生存記録を綴るのにカメラは最適だ。


とは言っても、”誘惑”は未だ、わたしに付き纏ってる。
頓服の薬を常備しないと不安だし、抱える問題は何一つ解決していない。
前よりも距離感を感じてはいるものの、近くに潜んでいることには違いないのだ。

反対に”絶望”とは最近疎遠である。
地元から逃れ、たどり着いた長野県松本市での穏やかな暮らしの中では、絶望することがそうそうない。──良くも悪くも。
最近は親しくしてくれる友人も何人かできた。

彼女との結末を見るために、わたしは必死に”彼ら”に抗い続ける。
「ラ・ラ・ランド」や「(500)日のサマー」のような結末を迎えようと、「マチネの終わりに」のような結末を迎えようと。

(2023年12月14日)

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