大の字になる

桜が咲いて散って、高貴なる方々との会話が始まって終わって、そうするともう、水炊きは出来なくて、私はかなしい。水炊きを食べたい。腐らないほど私は強くなく、寝込むほど私は弱くない。中途半端にゆらゆらゆらゆらと右に左にけんけんぱをしながらそれでも立ち続けている。立ち続けて、立ち続けて、そして立ち続けて、これは何年目になるのだろう。いつの間にか日は短く、気温は低くなっている。
また日が長く、気温が高くなった時に水炊きを作ろう、と。作ろうと約束してみた。約束してみただけで、多分簡単に作れるようなもんじゃない。私にはむずかしい。むずい。
ロックなティーシャツに穴を開けて着ていたら、パンクな兄ちゃんが「これ着な」とライダースジャケットをくれた。そんなに寒そうに見えたのだろうか。私は火照っていて、このまま強風が吹きすさぶ中を走って行きたいくらいなのに。そのライダースジャケットは黒光りして、見ているこっちまで全てがどうでもよくなるほどくたくたにくたびれて、脱力していた。
帰ってうどんをすすった。うどんは出汁ににんじんを浮かべて、麺を沈ませた。ずずっとすすって、すすりきれない麺を歯で噛み切ると、梯子を外された麺たちは出汁の中にどぼどぼ落ちる。出汁が散る。何故かタイタニック号の沈没のシーンを思い浮かべた。白い麺たちが透明な出汁のにんじんたちの待つ氷河へ沈んでいく。帰りを待っていたというように、にんじんは踊った。我先にと踊った。
このほど結婚した。ふたりの生活と生活をじっくり溶かし込んで、家という鍋の中でぐつりぐつりと煮込んでいたら、電気ケトルは二つあるし、電子レンジも二つあるし、綿棒ぎっしり丸い容器に至っては二つならず三つもあり。ゴミもたくさん、洗濯たくさん、新たなドラム式洗濯乾燥機は大車輪の活躍。ほんとうに大車輪みたいにグルングルン回って一晩中活躍中。ありがとう。
部屋はいつまでも整わず、毎日何かしらの体力を使っている。この家に二人してくたくたに煮込まれている。煮込まれているうちに虫もたくさん入ってきた。妻は「わたし二人暮らしだと思ってたのに、違ったみたい」と、虫をスプレーで凍殺しながら苦虫を噛み潰したみたいな顔をする。
くたくたにくたびれて、大の字になる。

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