見出し画像

心臓がぴょんとはねる話

ぼくの愛車は
干支ひとまわり以上の中古の軽だ。
もちろんガソリン車。

電気エンジンの車にあこがれはするけれど
とても手は届かない。
これからきっとガソリン車は
貧乏人の乗る車になっていくのだろうけれど
はぁ、いまどきガソリン車?という時代になったら
(もうそんな時代だとうすうす感じてはいる)
「この車は好きで乗っているビンテージカーだ!」
と主張すべく、いまから準備している。

と、いうことに、している。

そういうわけなので
6か月点検も12か月点検も
近所のディーラーでしっかりやってもらっている。

そして、このあいだの点検で
5年間使ってきたヨコハマタイヤに
「横方向に」亀裂が入っているから
すぐ替えるように、と言われた。

見積もりが、少し高めかな、と思ったけれど
いつものお兄さんが
いまのタイヤと同等です、と言い張るので
物価高のみぎり、仕方あるまいと
お願いした。

そしてタイヤ交換がすんでみると
なぜかぼくの愛車は
ミシュランのタイヤをはいていたのである。

誰かが間違って余分に発注してしまって
処分に困ったのだろうか。
詳しくは聞かなかったけれど。

車の好きなうちの子が
製品ナンバーから調べて
ミシュランのなかでも上級クラスのタイヤだとわかった。

ぼくはひねくれているし
ブランド物にもあまり興味がないので
なにがミシュランだよ、と思ったのだけれど
走ってみて、驚いた。

サスペンションが変わった?というほど
ガタつかない。
いやもう、グリップがぜんぜん違ってますよね、と
感動しっぱなしだった。

なにがミシュランだよ、なんて言ってごめんなさい。
大いに反省している。
ミシュラン、すごいです。

まぁそれでも、5年たったら
いつものヨコハマにするのだろうけれど。
しばらくは、これで楽しもうと思っている。

そして、いまでこそ
ふつうに運転を楽しめているけれど
ぼくはときどき
片側2車線以上の大きな道を
60キロくらいで運転していると
心臓がぴょんとはねて
息が苦しくなることがある。

パニック障害、という言葉を聞いて
そうか、これがそうなのかな、と思った。

原因は、交通事故だ。

みなさんは
信号無視の車に突っ込まれたことがあるだろうか。

自慢ではないが、ぼくはある。
ほかの人に尋ねてみると
信号のかわりばなに、という話は
わりとよく聞く。

ぼくの場合は、そんなものではない。
国道3号線、あの、九州を南北に走る幹線道路を
時速60キロほどで走行中に
信号無視の車が、右から突っ込んできたのだ。

あれ、なんか影が出てきた。

それくらいしか、ぼくの目には映らなかった。
あとは、衝撃。
とっさにブレーキペダルを踏んだが
むなしく床を打った。
ブレーキは、瞬時にして、こわれていた。

エンジンルームから
なにかバネみたいな部品が飛びだしていって
宙を舞う。

とにかく、止まって。
それだけを願った。
数秒のことだったけれど。
そういうときにはよくあることなのだろうけれど。
ほんとうに、スローモーションになって
まわりの光景が、はっきりと見えた。

まっすぐに走っていたぼくの車は
右の前のタイヤに垂直方向からの力を受けて
地上の物理的な運動法則に従い
45度、角度を変えていた。
なすすべもなくそのまま前進し
歩道を守るように埋められている
コンクリートのブロックにぶつかって
それを掘り返して
地上に出てきたブロックにひっかかって、止まった……
らしい。

繰り返すが、片側3車線の
九州を南北に走る幹線道路である。
なんとなれば10トントラックもふつうに走っている。
ほかの車にぶつからなかったのは、奇跡に近い。
幸い歩行者もいなかった。
並走していたはずの何台かの車は
なんとかよけたのだろう。

そのあと、むちうちでひどい目にあったけれど
あんな事故で
それなりに無事だったのだから
運が良かった、のかもしれない。

でも、そんな運の良さは
宝くじを当てるほうに使いたかったなぁと
思っている。

もう30年ほど前のことだ。
体も回復したし
運転も、もう怖くはないけれど
ときどき、ああいう大きな道で
スムーズに走っていると
なんでもないときに
心臓がぴょんとはねて
息が苦しくなる。

仕方がないなぁ、と思う。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせて
好きな歌を歌う。
たいていはそれでおさまる。
たぶん、大したことではないのだろう。

そして、この事故には
多くの方が大好きなんじゃないかなと思う
怪奇現象にまつわる後日譚があるのだけれど
長くなるので、またこんど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?