かげろう

一年半付き合った元カノの遺書には、俺の名前が書いてあった。

続けて恨み節が綴られていれば、彼女の両親が俺にこの紙きれを見せることもなかっただろう。

マサシくんへ、という言葉の横に書かれていた彼女の最期のメッセージは

「あのときは楽しかったね、ありがとう」
というものだった。

俺の中で彼女の輪郭はもうとっくにぼやけていて、彼女の書いた「あのとき」が何のことなのか、まったく思い出せなかった。

思わず眉をひそめた俺を見て、触発されたかのように彼女の両親はさめざめと涙を流した。
きっと俺の顔が、悲しみによって歪んだと勘違いしたのだろう。
その嗚咽がノイズに感じるほどに、俺は彼女との日々を思い出そうとしたが、結局何も思い出せなかった。

俺は適当なお悔やみの言葉を述べてから両親に頭を下げ、葬儀場を後にした。

肩を落として歩く俺の頭上で、太陽が容赦なく光っていた。

帰路へ続くアスファルトの、その遠くで揺らめく陽炎の向こうに立つ、ぼやけた彼女の姿を見た気がした。

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