不定期連載の世界史シリーズ、世界情勢が不穏すぎて、次に書くテーマに悩んでいました。パレスチナ問題、あまりに解決策が見えない。とにかくまずは停戦なんだけど、その次は？ それが見えないから停戦しないという人たちがいる。

　複数の綱にたくさん人が絡まってしまっている状態が思い浮かびます。「ここが問題のようだから一旦そこの君が右に行こうか」「そしたらこの人たちが圧死してしまいます！」「じゃああなたが左に……」「嫌だ、お前の言うことは聞かない！」という調子でずっと絡まったまま。

　感情面を抜きにすれば、少しずつ解決策を見出せる気がしますが、あまりに拗れていて、感情を抜きにできない人が増えすぎてしまった。まずは冷静になりましょうと言っても「当事者じゃないからそう言える」「安全なところから言っているだけ」と言われる。だからと言って「じゃあもう当事者だけでやっていただけますか」って言ったら大変なことになる。難しい…すごく難しいです。

　でもこのシリーズは自分の経験を通して世界の過去・現在・未来を考える記事なので、私の頭の整理のためにも続けようと思います。それでも良ければどうぞお付き合いください。

　偶然こちらに迷い込んで、いきなり何言ってんだコイツってなった人は、バックナンバーを読んでいただけると嬉しいです。

　SNSが発達した今はダイレクトに現地の惨状が分かるようになりましたが、血で血を洗う戦いはもう何十年と続いてきました。今は第五次中東戦争か？と言われているようですね。これまでの中東戦争についてはあまりに膨大すぎてあまり触れられませんが、私が立場として一番共感しているのはスピルバーグ監督です。

　ユダヤ人であり、アウシュビッツを題材にした「シンドラーのリスト」を作ったことでも有名なスピルバーグ監督。中でも「ミュンヘン」という映画が印象に残っています。発端は1972年のミュンヘンオリンピックで実際に起きたイスラエル選手団の殺害事件。その首謀者11人を暗殺するよう言い渡されたイスラエル諜報員のお話。ポイントは一見イスラエル側の視点かと思いきや、次第に登場人物たちもこれやってて何になるんだ？ってなってくるところ。結果イスラエルからもパレスチナからも批判される作品になりました。

　もちろん映画だから全て史実ではないでしょうが、長年続いてきたこの問題についてすごく考えさせられる作品だと思います。
　ここ最近の情勢を踏まえた映画のレビューがあったので、こちらも合わせてどうぞ。

認められたかった青年

　これまで時系列で近代史を辿ってきて、第二次世界大戦をもっと掘り下げたかったのですが、今回は一旦流れを無視して中東についてもう少し語りたいと思います。でもパレスチナの話ではなく、あえてイラクについて、もっと具体的に言うとサダム・フセイン元大統領についてです。

　私は彼に特別な思い入れがあります…って書くとめちゃくちゃ語弊ありますね。順を追って説明させてください。

　学生の頃、図書館のような施設でバイトしていた時期がありました。暇な時に携帯を使用するのも私語も厳禁だったけど、読書はOKだった。その時に読んだのがサダムをCIAがプロファイリングしたレポートみたいなやつ。2000年前後だからイラク戦争よりも前のことです。なぜ手に取ったのかは全く記憶にない。卒論のテーマでも探していたんだろうか。

　今調べてもどの本だったのか思い出せず、私の妄想だったのかと思いかけたのですが、英語のWikiに片鱗が載っていたので、記憶違いじゃなかったようです。特に印象に残っていたのが彼の幼少期の境遇でした。(24年前の記憶しかもCIA発端情報なので鵜呑みにしすぎないでください)

　彼の実父は生まれた時には既におらず(病死？行方不明説も)、残された母親は彼を妊娠時、道端で産みたくないと叫んだり自殺未遂をするなど、かなり精神を病んでいたといいます。その状態でもどうやってか羊飼いと再婚したそうですが、継父は村でも「ホラ吹き」というあだ名があるほどの人で、彼に盗みをさせたり虐待を繰り返していた。銃の扱いはこの時点で手慣れたものだったとか。
　10歳で家出して母方の叔父の家へ。そこで初めて人に良くしてもらった。その叔父がバアス党員だったのでそこから政治活動にのめり込んでいきます。20歳で党員、22歳で初代首相の暗殺未遂事件を起こしてエジプトに亡命。32歳でバアス党が政権を握って副議長に、その後42歳で大統領になりました。

　具体的な描写は忘れてしまいましたが、レポートを読んだ時の胸の苦しさは良く覚えています。叔父の娘(つまり従姉妹)の婚約者となって義息となり、叔父に実息よりも認められようと努める姿が結局は愛情に飢えていた1人の人間だったんだなぁという感想を抱いたからです。(ちなみに叔父の実息は後に国防相になり、事故で亡くなっていますが、サダムが裏で手を引いていたと言われています）
　彼は就任後、実父と母(叔父)の家系を次々と高官にし、実父の名を模したモスクを建設したりと、家族に異様な思い入れがあった人に思えました。でも結局そこから家庭のいざこざが国の情勢にも直結して精神的にも追い詰められていきます。
　私はこの体験から勝手に彼を幼少期から知っているような気になっていたので、その後2003年にイラク戦争が起こった時も複雑な思いでニュースを見ていました。

かつては友人

　バアス党のバアスとはアラブ語で「復興」「使命」という意味で、西洋が出張ってくる前のアラブ帝国を復興することを目標にしていました。ちなみにかつての領土の範囲はこんな感じ。

　後に名が知られることになるイスラム原理主義と異なる点は、西洋のような近代化は望んでいたことです。だからフセイン大統領が就任してからアメリカとの関係は改善されたし、インフラも整備されました。そう考えると、かつて西洋諸国に取り入って近代化し、アジアのリーダーを目指したけど、後に叩かれることになった日本もなんだか他人事に思えなくなってくるんじゃないでしょうか(もちろん状況は異なりますが)。

　サダムが大統領になる1年前の1978年、中東では２つの大きな出来事が起こります。1つは長年中東戦争で争っていたイスラエルとエジプトが和平を結んだこと。これで長年のパレスチナ問題に終止符が打たれるのではと期待されましたが、エジプトは他のアラブ諸国やPLO(パレスチナ解放機構)から反感を買って孤立します(結局エジプト大統領は1981年に暗殺された)。

　もうひとつはイラン革命。これでアメリカとイランの関係が決定的に悪くなります。当時のイランとアメリカとの関係を題材にした映画といえば私はアルゴが印象的です。映画のロケを装って人質救出とか映画よりも映画すぎ(もちろん脚色されてるけど)。

　こんな時に大統領になったサダムは、中東戦争を指揮してアラブのリーダー的存在だったエジプトを追い出す口実ができたので、もっとイラクの存在を示そうとしました。
　ということでイランを攻撃。イラン・イラク戦争が起こります。アメリカは共通の敵を持つ同士として積極的にイラクに軍事支援を行いました。アメリカだけでなく、ヨーロッパ・中国・ソ連も。のちにイラクに侵攻されることになるクウェートもこの時点では盟友でした。今となっては考えられない構図です。更にここで謎なのはイスラエル。イランよりイラクが嫌いだからという理由でイラン側についてたという情報が。でもイラン革命では「アメリカに死を」「イスラエルに死を」って言われていた気がするけど…。もしかしてあえて長期化させて共倒れを狙っていたんだろうか。この辺りはもう少し勉強が必要です。

　とにかく思った以上に苦戦して長引いた戦争で負債を抱え追い詰められたイラクは、裕福なクウェートに侵攻。1989年に冷戦が終わり、これまで関係が良好だからアメリカは自分につく(もしくは黙認する)と思ってたようですが、その思惑は外れ、湾岸戦争が起きました。ここからアメリカとイラクが完全に敵対するようになります。石油利権など他にも様々な思惑が絡んでいたようですが、とにかくアメリカの裏切りに怒ったサダムはパパブッシュの暗殺を計画。それがまた息子ブッシュの代でイラク戦争を起こす原因のひとつになったと言われています。大量破壊兵器が…とか911が…とか色々理由をつけていたけど。

　少し話は変わりますが、中東問題が世界の注目を集めているこの時期にNetflixで手塚治虫×浦沢直樹のPLUTOがアニメ化されたのをご存知でしょうか。

　原作は鉄腕アトムの「地上最大のロボット」。国を追われた中東の王の命令で造られたロボットと戦う話で、第二次と第三次中東戦争の間の1964年に連載された作品。手塚治虫なりの戦争批判の代表作として知られています。
　それが2003年のイラク戦争時に「MONSTER」や「20世紀少年」で知られる浦沢直樹によってリメイク。もちろんファンタジーですが、時代背景は2003年時の中東情勢をモチーフに変更されています。大量破壊兵器があるという名目で多国籍軍が侵攻、しかもあまりに登場人物がサダムやブッシュに似すぎてて、これをまた2024年の今出すのはかなり勇気ある行動だと思いました。より多くの人の目に触れてほしい作品だと思う一方、実際に現在中東問題に関わる上の人たちはこれを見ないのだろうし、見ても心を入れ替えることはないのだろうという虚しさもあります。

　私はこの漫画を唯一日本から全巻持ってきたほど好きで、子どもにもいつかこれを読んでもらいたい、これを読めるくらいには日本語を習得してほしいと思ってるほどの作品です。せめて次世代の子どもたちには物事を多面的に見る力を身につけてほしい。『進撃の巨人』や『ONE PIECE』などもそうですが、日本は加害者も被害者も経験している国として、こういう紛争に関して両方の立場から考えさせられる作品を多く生み出しているように感じます。そういう面がもっと世界で評価されるといいんだけどな…。

そしてまた繰り返すのか

　話を戻して、私がもうひとつ読んだサダム・フセインの関連本はこれ。これも友人にすごい内容だと勧められて読んだんだけど、誰に勧められたのかは全く記憶にない。

　16歳の少女がフセイン大統領に見初められて愛人になっていく話。これの何が一番怖いって、文章だけだから、危険な香りがする魅力的な男性に出会ったように錯覚する。石油王とかヤクザの組長に見初められるロマンスものとかよくあるじゃないですか。そういう感じ。一見優しそうでカリスマ性があり、気に入った人には情深いが、逆らったら終わり。だから著者本人も今でもどこか完全に嫌いになりきれていない感じがして、そこがリアルで恐ろしいと思いました。

　一方で、あからさまに残忍だったと方々から証言されているのが２人の息子、ウダイとクサイ。上の本のレビューでも遊園地の回転木馬で父親のスパイを殺害する話があるように、親子関係が最悪で、もう何度もサダムが息子の横暴に怒って投獄したり、涙を流して銃口を向けても結局息子たちは更生しなかったと言います。
　これは私の憶測ですが、サダムは自分の幼少期の境遇から、家族の幸せを強く願ってはいたんじゃないでしょうか。だから余計に甘やかして何でも与えてきた。でもそれが結果的に自分よりも恐ろしいモンスターを産むことになってしまったのかもしれない。

　ウダイと言えば「ドーハの悲劇」で知られる1993年のワールドカップの日本VSイラク戦で名前を聞いたことがある人もいるんじゃないでしょうか。

　これも嘘みたいな実話に基づいた話ですが、実際にウダイの影武者をやっていた人のインタビューは非常に考えさせられます。

　アメリカに住む私としては、アメリカにも平和を望む人がいるし、真実を伝えようと奮闘しているメディアもいるからどうか「アメリカ」を一括りに憎まないでほしいという気持ちが湧いてきますが…。

　結局フセインの独裁は恐ろしかったんだけど、その後それ以上にアメリカが酷いことをしてしまったので、民衆の怒りの矛先が全てアメリカに向くようになってしまった。敵を一掃するつもりで敵を増やして…の繰り返し。

　そしてまた反米感情に溢れ、アラブの栄光の復興を夢見るサダムのような少年が権力を築いていくのだろうか。

　イスラム国もアルカイダも結局はアメリカが生み出したもの。この辺りはもうキリがないので、また違う機会に書けたらと思います。

　とにかく、今の中東情勢も、これ以上罪のない命が失われるのは避けるべきだと思っていますが、私がもしアメリカ側で今決断を下せる立場だったら、もう打つ手なしの八方塞がりだとも思う。もしイスラエルを切った場合、ここまで関わっておいて裏切るのかと怒りの矛先がアメリカに向くでしょう。イラクと同じ、いやそれ以上に悪い結末が待っている気がする。一方のパレスチナ側には現在特に反米感情が激しいイランがバックについている。先月もアメリカが報復措置として関連施設空爆してましたね。敵を増やすか、敵をもっと増やすかの嫌すぎる二択。

　今アメリカでは大統領予備選挙が始まっています。共和党と民主党内の候補者が選ばれる選挙です。多分今回も結局バイデンVSトランプになるんだろう。そして本選挙は11月。バイデンになればイスラエル寄りの現状維持。トランプになれば完全にイスラエルと運命を共にする。あぁ、これも厳しい二択。何とかして第三の道を切り開けないものか…。