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CMの続きを想像していたら、ひとつの物語が生まれた

創作にまつわるエッセイ(イラストつき)です。
創作秘話、っていうとちょっと大袈裟だろうか。


・とある短編ミステリ

以前noteに投稿した、
『夏の朝、推理するわたし』というタイトルの短編がある。

女子高校生が日常の些細な謎を解き明かすという、
学園を舞台にした青春ミステリもの。

以下、あらすじ
(読み飛ばしてもらっても全く構いません)

夏休みの朝、寸前のところでローカル線に乗り遅れる高校生ーー氷室沙希。
夏期講習中の高校に遅れて到着するものの、教室には授業を行うはずの先生がいなかった。
友達の苅谷凛によると、先生は教室に入ってきてすぐ、なぜか急に怒った様子で出ていったらしい。
ミステリ好きの沙希は、いくつかの手がかりを基に、先生が突然授業を放棄した理由を推理する。

というストーリーなのだが、
この作品、実は20年ほど前に放送された
ネスカフェのCMからかなりインスパイアされている。

冒頭、
主人公の氷室沙希が、列車に乗り遅れるというシーンから物語は始まる。
そしてこのシーン、
そのネスカフェのCMの内容をそのまま使わせてもらっているのだ。

・ネスカフェのCM

↓そのCMがこちら
(問題のCMは約30秒ほどから始まります)

このCMをYouTubeで見つけて初めて視聴した時、
衝撃を受けた。
「なんて洗練されたCMなのだろう」と。

***

CMの時間は30秒で、
内容は、
駅舎から飛び出し、急ぐように走る高校生が、列車に乗り損なうというシンプルなもの。
ミンミンゼミの声が響き渡る夏の晴れた朝、高校生は閉口したように、
「最悪……」とつぶやく。

CMのスクリーンショット。過ぎ去る列車を見つめる高校生。

↑カメラは一貫して固定され、アングルはほぼ水平。
高校生と同じ目線になるように撮影されている。
しかし、カメラの位置は高校生からやや離れた距離にあるため、
視聴者は完全に客観的な視点で、この光景を眺めることになる。

次に、
画面の中央にネスカフェのロゴが登場し、
アイスコーヒーの映像が氷の音と共に流れる。それだけ。

それだけの映像に、
大きな衝撃を受けた。
このCMは、完璧に洗練されている」と。
そう感じた。他のCMとは明らかにちがう。
余計な宣伝も説明も一切ない。何も押し付けがましくない。
ただただ、まるで偶然撮れた場面をそのまま切り取ったかのような、
これが広告であることを忘れるほどの、自然で現実感のある内容。
研ぎ澄まされた青春感。

おまけに、
確かな物語性を感じたのだ(あくまで、個人的にではあるけれど)。
たったの30秒で、
ここまで受け手に物語を想起させるような、魅力的なシーンを創り出すなんて、
すごすぎる、と思った。

***

以来、
このCMが好きになり、何度も繰り返し観るようになる。
そして視聴回数を重ねているうちに、自然とこんな疑問が芽生え出す。

・この女子高生はその後、一体どうなったのだろう? 

やっぱり気になる。
列車に乗り損った彼女は、一体どうしたのだろうか、と。
CMはそこまでで完結している。

自然と、さまざまな想像が駆け巡る。
「田舎のローカル線だろうから、本数は少ないはずだ」
「『最悪』とつぶやいていることからも、そのことがなんとなく察せられる」
「おそらく、次の上り/下りの列車が来るまで、軽く一時間以上はあるんじゃないか?」
「駅舎で殊勝に待ち続けたのだろうか?」
「現実的に考えれば、待つしかない」

想像を巡らすうちに、
やがてこうも思うようになる。

・これ、自作の物語にできないかな?

書きたい。いや、書こう。
決心した。
ここまで恐ろしく惹きつけられるんだ。
その続きを(自分なりに解釈して)書いてやろうじゃないか。
こうして短編の物語として、『存在しない続き』を書き始めるようになったのだ。

***

頭の中でコンセプトを思い描く。
短編なので、プロットは書かない。
ジャンルは即断でミステリに決めた(ミステリが好きなので)。
CMから受ける青春の印象はそのまま受け継いで、そこにミステリという要素を付け足し、青春ミステリに決定。

先述したように、
CMの内容は、冒頭のシーンとして引用させてもらった。
女子高生が溜め息混じりにつぶやく「最悪……」の台詞や、
諦めたようにベンチの上に通学カバンを放る仕草、
腰に両手をあてて、遠ざかっていく列車を見つめる様子、
など、
そっくりそのまま作中で描写した。

次は、問題の『その後のシーン』である。
事前に、CMのロケ地は千葉県市原市にある小湊鐵道海士有木(あまありき)駅
であるという情報を得ていた。

この夏、執筆後に実際に訪れて撮った写真(2023.7.31)
20年も経っているため、駅舎の外観やホームの雰囲気はCMとは少し変わっていた


インターネットで時刻表を調べてみると、
やはり予想通り、上りも下りも一時間に一本という運行状況だった。
そして、CMにおける列車の進行方向は、上り。五井駅方面。
つまり、都会へと向かっている。
この客観たる事実により、
主人公は田舎に住む、都会の高校に通う高校生という設定となる。
この時点で、主人公の通う高校は千葉市内にあることも決めておいた(モデルにしている実在の高校もある)。

また、季節は夏なので、
単純に高校の授業に遅刻するのではなく、
今は夏休み中ということにして、高校の夏期講習に遅刻するという設定にした。
特にこれといった理由はないが、
そっちの方がなんとなく特別感があると思ったのだ。
ちなみに、
夏期講習二日目にして、早くも遅刻をかましてしまったのだ」という
主人公のモノローグもわりと気に入っている。

ここから先は、全くの自分の想像である。
想像力を駆使して、その後の展開を考えた。

***

主人公は大幅に遅れるものの、なんとか千葉市内の高校にたどり着く。
しかし、いざ教室に入ってみると、そこに先生の姿はない。
代わりに、同級生たちが真面目に自習に取り組んでいる(三年で受験生なので、あくまでもみんな真面目にやっている)。

設定として、
主人公はエラリー・クイーンやアガサ・クリスティの作品の愛読者、大のミステリ好き。テレビの二時間サスペンスのファンでもある。
そのため、友達から推理の資質があると見込まれ、『先生が授業を放棄した謎』を明らかにすることをお願いされる。
主人公はいとも簡単にその真相を突き止めるのだが、ある選択を迫られることになりーー。

***

タイトルは『夏の朝、推理するわたし
真相は、取るに足らない言葉遊びのようなもの。

だけど、ミステリといっても、
自分はこのネスカフェのCMから影響されて生み出された物語を、
殺人事件のようなシリアスでサスペンスチックな話にはしたくなかった。
あくまでも、日常の範疇に収まるストーリーにしたかった。
結果的に、明るい作風で爽やかな読後感になったと思うので、
我ながらかなり気に入っている。

『夏の朝〜』はカクヨムにも(改稿バージョンを)投稿したのだが、
↓同様の感想をいくつか貰いめちゃくちゃ嬉しかった。

・登場人物の設定

主人公の名前は、氷室沙希(ひむろさき)
由来は、
アイスコーヒーのCMから生まれた物語の主人公なので、
アイスコーヒーアイス氷室
という単純な連想で。
下の名前、沙希に関しては「サキ」という単語の響きが爽やかで、語呂も良かったから。
ビジュアルも、CMの出演者と同じく黒髪のストレートロングで、やや長身という設定にした。

また、氷室沙希は引退したばかりの元水泳部という設定なのだが、
作品の基になった「列車編」(便宜的にそう呼ぶ)は、
『ネスカフェ 夏の香り』というシリーズの中のひとつであり、
他にもいくつかの種類がある。
その中に「プール編」(これも便宜的)があり、
プール掃除をする生徒たちの様子を俯瞰的に映している。
この「プール編」と関連づけて、主人公は元水泳部という設定にした(三年生だから、元水泳部)。

プールサイドに立つ、主人公・氷室沙希
@植木いし

他にも、
苅谷凛(かりやりん)笹本涼次(ささもとりょうじ)
という同級生のキャラクターがいるのだが、
彼らも意図的に涼しげな印象の名前に決めた。

***

・これまでに何度か描いたあのシーン

このCMの情景が好きすぎるあまり、
↓これまでその問題のシーンを三回、絵に描いてきた。

@植木いし
@植木いし

言い訳するつもりはないのだけど、
↑この二枚の絵はあまり本気になって描かなかった気がする。
スケッチを描く時みたいな、軽い心構えで描いてたんじゃないだろうか。

で、1ヶ月半ほど前に、本気で描いた絵がこちら↓

@植木いし

これはなんか、
本来の実力以上の絵が描けた気がする。
ただ、背景を描き込みすぎて、やや画面が暗くなってる感は否めないけど。

・氷室沙希の今後の物語

主人公・氷室沙希の物語、
作者としてはこの短編『夏の朝、推理するわたし』だけでは終わらせたくない想いがある。
今後も続けていきたい。
思い入れのあるキャラクターなので、
次は長編でスケールの大きい話を書けたらな、と検討している。
もちろん、ジャンルは青春ミステリで。

***

今から約20年前に放送された、
ネスカフェのCMによって生まれた物語とキャラクター。
リアルタイムで観た記憶はない。
しかし、このCMをYouTubeで見つけたことで、文字通りこの作品を書くことができた。
こんな創作方法は、たぶん最初で最後かもしれない。

ネスカフェには本当に感謝しているし、ボトルコーヒーも毎日のように飲んでいる。
ちなみに、苦いのは苦手なので完全なる微糖派である。

作品のテーマソングみたいなのも決めているのですが、
高橋瞳さんの『プールサイド』という楽曲が自分の中でめちゃくちゃ雰囲気が合ってるなと、勝手に思ったりしています。
実際、氷室沙希の立ち絵はこの楽曲を繰り返し聴きながら描いてました。


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