トーキョーナイトダイブ

 先輩に誘われていった合コン。いつもの通り、周りに合わせて調子よく面白おかしく話して場を盛り上げていた。楽しいのは楽しいけど、別に出会いを求めているわけじゃなくて、ただちょっと普通とは違う時間を過ごしたいだけ。

 自己紹介も終わって空気が解れると、なんとなくグループに分かれて喋ったり適当に食事を摘んだり。もちろんお酒も入って、楽しそうな雰囲気になってきた。こうなってくると、僕はようやく落ち着いて周りを眺めることができるようになる。なんだかかわいい子ばっかりで目のやり場に困る。自分が、普段関わりあうことがないような子たちに会うのが合コンだと思っているんだけど、今日は特にみんなキラキラしているような気がする。

 とにかく場を盛り上げるのが僕の役割だけど、各々が楽しく話しているところにずけずけと入っていくのはなんか気が引ける。そんな時はとりあえず一人で飲んで、呼ばれたらテンション高くいけばいいんだ。いつもそう。盛り上がって楽しい半分、どっかで冷めてる。今日も同じだなって思っていた。

 「飲んでますね」

 不意に話しかけられてびっくりした。名前も覚えていない子(覚えるのがそもそも苦手)。

 「飲んでますよ。あなたは飲んでますか」

 社交辞令で返す。いつも特に何かが生まれるとも期待していない僕は、その場を壊さないように、そして先輩たちと騒ぐことが目的だから。彼女も手持ち無沙汰だったみたいで、片手にグラス、片手にクラッカーを持ってにこやかに、でもどこか緊張していた。とりあえず、僕も少しぬるくなったビールを彼女に傾ける。

「飲んでます。こういう場所はあまり慣れていないんですけど、楽しいですね」

 「楽しいですね」と返してとりあえず笑っておく。どんな場面でも笑っていられるのは自分の特技で、こんな時は何を言われても肯定して笑顔を見せておけばいい。向こうも同じ気持ちなのかは知らないけど、ぎこちなく笑い返してくれた。

「趣味はなんですか」

 この言葉はとても便利だ。広く浅く色々なことに手を出す僕は、大体の人の趣味に合わせて話すことが出来る。別に本当に好きなことが被っていなくても構わない。だって、今だけ話してればいいんだから。それくらいは簡単なことで誰も傷つけないし、何なら知らないことを知ることができるかもしれない。僕にとって、マイナスになることは何一つないんだから。

「音楽。よく聴きます」

 ああ、これもありふれた言葉。邦楽も洋楽も、アニソンも僕が生まれていないちょっと昔の曲もどこかで聴いてきた。カラオケに行っても困ることは無いし、リクエストされればディズニーだって歌えるんだ。何が好きなんですか?

「ロックが好きです」

 うん?僕もロックが好きです。ロックの定義は分からないけど。あのかき鳴らす感じが好きなんです。ちょっと興味が湧いてきた。何がお勧めなの?

「KOTORIのトーキョーナイトダイブって知ってますか」

 バンドの名前だけは知っていたけど、聴いたことは無かった。そう伝えると、彼女はiPhoneを出して、イヤホンを片方貸してくれた。

 眠れない夜に飛び込む 星みたいな光の街 

 飲みかけのコーヒーと 止まらない空調の音

 眠れない夜に飛び込む 寂しさを抱きしめて

 こんな夜に君に会えたらいいな

 トーキョーナイトダイブ ここに君はいないのに

 トーキョーナイトダイブ また夜が明けてしまった

 片方しかないイヤホンから流れてきた曲で、その場のこととか色んなことを忘れてなんか泣きたくなった。「東京」っていう街に暮らす僕ら。一人ひとりの物語。何も止まらずに進んでいく都会が好きだ。でも、寂しくてどうしようもないままにコーヒー飲んで煙草を吸ってまた朝が来る。そんな毎日。

 「いい唄でしょう」

 そう言って笑う彼女と色々な音楽の話をした。連絡先を交換して、その後も何度か遊びに行った。好きなバンドのライブとか、美味しいご飯とか。共通していたのは、僕も彼女も音楽を通じてどこか繋がりを持ちたいと思っていたこと。お互いに好きな曲を紹介しあって、それぞれの家に帰ってからその曲を聴いて。なんか幸せな時間。

 彼女はアイドルを目指していたんだけど、色々なしがらみがあってうまくいっていないらしい。そんな話もしながら、とりあえずまたライブに行って、その後に居酒屋で感想を言い合って、お酒を飲んで帰った。

 ある時、彼女から連絡が入った。「仕事終わったから飲まないか」って。場所は六本木。ちょうど近くで飲んでいた僕は、適当な理由をつけて抜け出して彼女を待った。交差点近くで煙草を吸って、酔い冷ましにコーヒー飲んで少し待って、彼女が来た。だいぶ酔っていた彼女は「あなたの家で眠りたい」と言った。別に断る理由もないから、そのままタクシーでうちに来て、コンビニで買った水を飲みながら少し話していたら彼女は眠ってしまった。その時、僕の頭の中には「トーキョーナイトダイブ」がエンドレスのリピートで流れていた。

 そうして朝が来て、僕は眠っている彼女を置いて仕事に行った。

 その後、彼女には会っていない。時々連絡は取っている。アイドルとしては成功しなくて、この前就職したらしい。

 今でも「トーキョーナイトダイブ」を聴くと彼女を思い出す。どんな子かもよく知らない。たぶん生きている世界も違う。でも、ただ一つの心に残る曲を教えてくれた、かわいい女の子。

 あの高いビルの向こう側には 海が見えるらしい

 あの黒い空の向こう側には

 そんな歌詞を思い出して、また僕はトーキョーで生きていく。

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