ミュージシャンタモリの軌跡(再録)

 今でもたまにテレビで、余芸のトランペットを披露するタモリの姿を観ることはあるだろう。元々タモリがミュージシャンを目指していたのは知られるところ。早稲田大学在学中、多くのプロを輩出したモダンジャズ研究会に所属していた。同期には渡辺貞夫バンドを経てニューヨークに渡り、ソニー・ロリンズ・バンドのメンバーとなるギタリストの増尾好秋も。念願のトランペット担当になるも、「マイルスのラッパは泣いてるが、お前のラッパは笑ってる」と酷評され、わずか3日でクビに。マネージャー兼司会者に転向させられたが、ラジオ番組での司会ぶりを大橋巨泉に絶賛されるなど、素人時代から学生ジャズの世界では知る人ぞ知る存在だった。
 山下洋輔との関わりは、別ページで触れられるだろうから簡単に。福岡で渡辺貞夫コンサートの打ち上げに乱入してきた男を「きっとジャズ好きに違いない」と見抜いた山下が、博多のジャズバーを探し回って消息をつかむあたり、常にジャズがスタッフと取り持つ縁になっている。そもそも、森田の名字をひっくり返した「タモリ」の芸名からして、モダンジャズを「ダンモ」、銀座を「ザギン」と呼ぶ、ジャズのギョーカイ用語に由来する。オーディオ通でジャズレコードのコレクターとしても知られ、植草甚一が亡くなったときの遺品だったモダンジャズのコレクション4000枚を譲り受けた人物としても有名だ。
 『オールナイトニッポン』時代はフュージョンに傾倒。番組でもシャカタクやメゾフォルテなどをプッシュしていた。『ラジカル・ヒステリー・ツアー』発売時には、日本のフュージョンの雄、ザ・スクエアをバックに従えてツアーを敢行。ここでもコルネット奏者として腕前を披露している。今でも「俺は元メンバー」というほどザ・スクエアとの交流は深いが、それを聞いたふかわりょうが、「T-SQUAREの“T”はタモリさんのTなのか」と本人に聞いた、笑えるエピソードもある。

(アルバムレビュー)

『タモリ』

高平哲郎監修、鈴木宏昌音楽という、ジャズ人脈のバックアップで完成したデビュー作。ハナモゲラ語による相撲中継、毛沢東やマッカーサーが卓を囲む“四カ国語麻雀”など、当時の持ちネタを中心に構成されている。寺山修司など、いかにも本人が語りそうなことを模写する「思想模写」がインテリ層にバカウケ。アフリカ音楽の贋作「ソバヤ」は『ANN』のED曲となった。音響効果の赤塚不二夫は漫画家と同名異人。村井邦彦と田邊昭知のスパイダースの縁で現事務所に。後にスネークマンショーに流用された「教養講座のテーマ」はこのときの録音。

『タモリ2』

『3』の原型案がボツになり、その安全版として作られたタモリ版『スマイリー・スマイル』。中州産業大学の森田(助)教授が再登場し、27分の音楽の歴史講義をすべて新録のパロディ曲で紹介。鈴木宏昌から交代したクニ河内(元ハプニングス・フォー)のパロディ能力が見事で、この後『夕刊タモリ』(『タモリ倶楽部』の前身)でも音楽で続投。触発された高平哲郎の文芸能力も凄まじく、チンクァエッティ、コサクニン合唱団などレコ倫ギリギリ。同一旋律を編曲で変えて聴かせる趣向は、YMOを起用した近田春夫『天然の美』にも影響を及ぼす。

『タモリ3』

今では「発売禁止騒動」とともに記憶される、日本の歌謡パロディの金字塔。戦後から昭和56年にいたる昭和歌謡史をシミュラクラする、30曲のパロディ曲が並ぶ。足幸夫、馬木一夫、西小輝彦のニセ御三家や、ドラマ『金玉先生』など、パロディの防波堤決壊。松林痴春「施設の中で」や「ハラをさいた」と、検閲的にヤバいネタばかり。発売延期決定後には、サンプルのコピーが闇市場に流れた。日本レコード協会の逆鱗に触れ、新星堂のみのインディーズ扱いで発売。3万枚以上売れたのでそれほど希少ではないが、永遠にCD化は無理であろう。

『ラジカル・ヒステリー・ツアー』

音楽面でアルファ時代を支えた鈴木宏昌の活動拠点、ソニーに移籍。ディレクターは早稲田の先輩、伊藤八十八。高平哲郎、音響の赤塚不二夫などスタッフは同じだが、タイトルを『タモリ4』とはせず毒も控えめ。曲間を繋ぐのは即興芸ではなく一人複数役のコントで、スネークマンショーの逆影響かと指摘された。バックを務めたスクエアは、仙波清彦、久米大作のはにわちゃん在籍時で、ほんのりテクノポップ風味。同メンバーと全国を巡るギャグツアーも敢行。ソニー時代には大滝詠一プロデュースの幻の第5作の計画があり、実際に数曲録られてるとか。

『HOW ABOUT THIS』

5年振りのアルバムは、話芸一切なしで純粋なジャズ・スタンダード作品として制作。半分はインストで、クルーナー唱法で本人が歌うヴォーカル曲もパロディ要素はない。引き続き鈴木宏昌のザ・プレイヤーズの面々がサポートし、本人はトランペット、コルネット、フルート、ピアノ、シンセサイザーなどマルチプレイヤーぶりを披露している。ボブ・ジェームス風のアーバンな編曲は、大野雄二の劇伴仕事でバンマスを務める松木恒秀の貢献。作詞はゴダイゴのトミー・スナイダー。本盤に呼応するギャグパートは『タモリ倶楽部』の番組内で展開された。

(洋泉社ムック『タモリ読本』より再録)


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