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シナプス #1


ある人は言った。

人間のことを知りたければ、人間になれ。
動物のことを知りたければ動物になれ。
犯罪者のことを知りたければ犯罪者になれ。


「私は人が考えていることが手に取るようにわかってしまうのです」

テレビに映る若い自称マインドハッカーという心を読むマジシャンのような男がカメラに向かって自信満々に話す姿に当時子供だった私は強く疑問に思い、思わず母にこんなことを聞いたことがある。

「この人嘘ついてるよ!」
「どうしてそう思うの?」
「だって、この人光ってないもん!」

子供だった私に対して母は宥めるように笑顔で返したで同調してくれたが、この時の母もまた嘘をついていた事を私は知っていた。


それから十数年の年月が経ち、子供の頃テレビの前で嘘つきだと呼んでいた男側に私は立っていた。

「今からあなたの心を読みます。しかし、やり方は世間一般に知られている心理学を応用したものではなく、私は私とあなたの脳を繋げてその思考を共有します」

テレビならではの観客のどよめきと台本通りに否定的な意見から入る司会者と共演者の芸能人だが、この業界に入ってからもう数ヶ月経つが初めの反応はどこの局も同じだ。だが、一度脳を繋げてみれば反応はたちまち変わってくる。テレビという名目で、ある程度進行については事前に打ち合わせし決められているが俺は最後のパフォーマンスの際目当ての人物を指名し、その人しか知り得ない秘密を手に入れ誰にも聞かれないよう耳打ちする。その時の顔ときたらあまりにも傑作でクールなキャラを売りにしているにも関わらず、思わず吹き出してしまいそうになる。当然その場では別に用意した答えでテレビ的に穏便に終わらせるが、収録が終われば話は違う。
事前に話していた内容と異なる内容を放送したわけではないが、暴露された共演者が楽屋に怒鳴り込んできた。
顔全体を紅潮させ、怒髪天とまでは行かないが鋭い目つきで今にも襲いかかってきそうな雰囲気を醸し出している。
ここはひとまず刺激しすぎないよう営業スマイルを振り撒き目的を聞こう。まぁここへこんな血相書いてやってくるんだから、ついさっきのパフォーマンスで秘密をバラされそうになった事が要因のはずだ。
「あの、、、そんな怒ってどうしたんですか?」
「私がなんで怒ってるのかも分からないの、、、?心を読むのが得意なんでしょ?今の私の気持ちも読んでみなさいよ!!」おー怖っ!これまで数々の人間の心を読んできたが、やはり女性の心は読むもんじゃないな。心の奥底にある感情の歪みが露わになって手がつけられなくなる。この女性も有名な女優のはずだが今目の前に立っている人間は世間で言われる聡明で優美なイメージとはかけ離れすぎている。人の心とはこうも些細な出来事一つでその印象を大きく変えてしまう。変わってしまった人間に対して私が出来ることはただ一つ。

「心を作り替えるしか方法はない」

いわゆる洗脳にも近いこのやり方は相手にそう思い込ませることが一番重要となるが、どんな相手にも使えるわけではない。心が弱っている人、思い込みが激しい、他人の意見に流されやすい人、かかりやすい人の例としてこれらが挙げられるが、それはあくまでかかりやすい人を一般の心理学者やメンタリストなどが行う場合である。だが、私は違う。

私はどんな人間でも心を作り替える事が可能である。

そのやり方は至って簡単。先程テレビで披露した自分と相手の心をつなげて直接アプローチをかける。ただこれだけ。弁護士が裁判で法弁を吐くように、外科医が患者にオペを行うようにそれができて当たり前。それが私なのだ。

怒りに狂い、今にも襲いかかってきそうな彼女を前に、テレビで見せたヘラヘラとした態度とは裏腹に、女優ならではの大きな瞳を真っ直ぐに見つめ歩み寄る。真っ直ぐな瞳は瞬きをすることさえ忘れ、彼女から視線を外す事を許さなかった。
そのせいか彼女も視線を外せなくなり、私が一歩目の前まで歩み寄るとまるで蛇に睨まれた蛙が如く動かなくなった。
こうなれば後は簡単。彼女の瞼を手で優しく閉じ、だらんと垂れ下がった腕を引いて椅子の前で全身を脱力させ座らせる。現在の彼女はいわば粘土と一緒だ。私が手を加えればいくらにも形を変える事ができる。しかし、一つ注意しなければならないのは完全な別人にしてはいけないということ。心に別の人間を作り出す事自体はさほど難しくはないが、それをしてしまうと心の中で元の人格と新たに植え込んだ別の人格が互いを攻撃し合い最終的には廃人になってしまう恐れがある。今まで失敗した事はないが、万が一もある。彼女の頭にそっと手を乗せ、耳元で囁き意識を摺り込ませる。
催眠術士が相手に催眠をかけるのと方法は似ているが、これはよっぽどのトリガーがない限り永遠に溶ける事はない。脳から心へ、心から脳へ、深く色濃く摺り込んでいく。
10分ほど彼女と向き合い彼女の中でもう1人の彼女になりきり、かのブラックジャックのように自分で自分に手術を施すように心を作り替えていく。
彼女にとって嫌な記憶、良い記憶、怒りの感情、喜びの感情、生きる上で自然とかつ無意識についてくる喜怒哀楽をパーツに分けてパズルというよりはプラモデルを作っている感覚に近い。複雑そうに見えて手順さえわかってしまえばあとはそれに沿って組み合わせていくだけ。人間の心もまさにそれと一緒。
最後のパーツを組み込み、後は彼女の意識を指を鳴らして起こすだけ。
「どうしましたか?しっかりしてください?」
肩を持ち両の手で身体を前後に振り意識朦朧とした彼女を現実の世界に引き戻す。はっとした彼女は目をぱちくりとさせ何故私はこの部屋にいるのか、何故目の前に私が立っているのかぼんやりと状況が飲み込めない様子で、「あれ、なんで私、、、」と周りを見回しながら言った。
「何か話があると言ってここへきたの覚えてないんですか?凄い剣幕で部屋に入ってきましたけど、」
「え?私が?私みたいな人間がまさかあなたに怒るなんてことしませんよ!でも、だったらなんで私、、、?」
この反応をみて私の顔はまた少しばかり口角が上がっていた事だろう。人の心を作り替える時、何も知らずまさか自分の心が作り替えられているとも1ミリも考えない人間の表情はいつ見ても滑稽で、仕事柄ポーカーフェイスを気取っている身だがこの時ばかりは思わず笑みが浮かんできてしまう。目の前で何が起きているのか分からず困惑している女、しかも部屋に入ってきた時には女優とは思えない表情をしていたというのに今ではこれだ。これが笑わないでいられるはずがない。ひとまず私は彼女を廊下を歩いていたスタッフに世話を任せて1人になった楽屋の鍵を内側から閉めた。シーンとなった空間で軽く深呼吸をすると口いっぱいに入れた空気を噴き出すに吐き出して大声で笑った。
「やっぱり傑作だ!何も知らない人間の心を操るのは面白すぎて、、、腹が千切れそうだっ、、、!!」この楽屋は防音性に優れている為この笑い声が万が一にも外に漏れる事はない。テレビや外では笑わない分こう言った貴重な時間に大声で笑う事で優越感に浸っている。
この力に目覚めてからというものの、全てがつまらなくなっていたが最近は頗る気分がいい。よくテレビで力に溺れる主人公が存在するがこの気分の高鳴りは力を覚えてしまってはそうなってしまうのも頷ける。一通り気が済んだ私はテーブルに広げていた荷物をまとめて誰かに姿を見られる事なく都会の高層ビルの間を吹き抜ける風の如く出ていった。

だがこれが彼が世間に姿を見せていた最後の瞬間だとは人の心を読める彼自身考えてもいなかった。


それが世間に知れ渡ることになったのは彼が姿を消してから約一ヶ月が経過してからのことだった。
山奥の古びた山荘の中で身元不明の遺体が発見された。死後3日ほど経過していると推定されたその遺体は目立った外傷もなく、山荘自体もかなり古いものだが中はそれなりに綺麗に整理されており荒らされた形跡もない事から遺体の死因は自殺と判断されたが、世間に衝撃が走ったのはその遺体の身元がニュースで報道されてからのことだった。
「先程山奥の山荘で発見された遺体の身元が判明しました。遺体は最近テレビにも出演され、人の心を読む事で一躍有名となった、、、」
そのニュースはテレビやネットでも瞬く間に拡散されていき死を惜しむものもいれば無関心なものもいる。某動画サイトでは自殺などではなく殺された!だの心を読みすぎて人間不信になっただの色々な都市伝説でも面白くないような内容の話が長い長い尻尾として生えてしまい、肉体こそ既にないとはいえネットでも毎日推理ゲームが始まり話題が絶えることはなく、熱烈な信者を語る人々が報道したテレビ局の前に記者とともに押し寄せ真意を確かめようと報道したキャスターに言及した。だがキャスターもニュースとして入ってきただけでその詳しい情報は分かりかねると特に今回の報道に関して話す事なく警備員の案内の元車に乗って帰って行った。その後、事件への更なる追及を恐れた警察は報道や雑誌社、そして未だ彼の死を受け入れられないファンへ向けて文書を公開した。それは遺体発見時に被害者が遺したと思われる遺書らしきものが遺体の衣服から見つかった。
すぐにでも公開すれば良かったものを何故公開しなかったのか?それには死んだはずの人間によるとある思惑があったからである。


時間は遺体が発見される1週間前に遡る。
テレビから姿を消した彼は自宅にあった私物を必要最低限な分だけ残し、他全てを買取屋にて現金化していた。何もなくなった部屋を見て随分と広い家に住んでいたんだなと実感し、幼い頃の小さくて狭い家だった頃に思いを馳せる。あの時は今みたいに壁崖のテレビなんかではなく一人暮らし用の安くて小さいテレビで、好きな番組があるたびに齧り付いて見ていた気がする。でも、いつしかその心が色で読めるようになって、今では相手の心をどうするも勝手にいじくりまわせるマッドサイエンティストになってしまった。心を救うもなくすも壊すも閉ざすも開くも俺にかかればやりたい放題だ。だが、最近になってふと思う。本当にそれでいいのか?言葉は悪いが今まで遊び半分でやってきたこれは本当に俺の心に従ってるのか?いや、もはや従う心も残っていないのかもしれない。
「そうだ、、、」ふと頭の中にとある考えがよぎる。それは全世界を巻き込んだ壮大なエンターテイメント。1人の心を読み、操るなんてもう時代遅れだ。

今度は、、、、。

私の死を持って「世界」を操ることにしよう


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