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カレンダー争奪戦不戦敗/星野源『いのちの車窓から』読み終わった話



「明日は9:15になってもいらっしゃらなかったら、置いていきますからね」とニコニコしながら、いつも何かと気にかけてくれる仕事で関わる女性の方に、冗談めかしに言われた。

へへっと笑いながら、頑張りまーすと返した。

彼女はまた慌てて、「でも無理にとは言わないので。毎年戦になるんですよ、大体この時間帯で、それより遅れるともう何もないのよ、ふふ」と言った感じでフォローしてくれた。戦とは、来年の日めくりカレンダー争奪戦のことである。色んな会社やら何やらからいただいたカレンダーを無料でいただける。個人用ではなく、私たちの部署というかなんというか、公的な場所用のカレンダーだ。

昨日、彼女が退勤する前、そんな話をしていた。

そして、今日は駅で人身事故があって、私はそれにつかまった。

正直な話、頑張りまーすと言ってる傍から、そういう日に限って自分なり運なりがやらかすので、9:15には間に合わなさそうだなと内心何か悟っていた。悟り過ぎているとよく言われるが、実質あまり良くないのは分かる。何もかもなるようにしかならないのなら、何かする気力も持っていかれたわけだ。良くないなと思いつつ、だらだらと、ボケーっと流れるまま生きている。

結局、朝は寝坊するし、それでも頑張って家から駅まで猛ダッシュ、駅の乗り換えで猛ダッシュして、これで大丈夫と呑気に電車で本を読んでいたら、最後の最後の乗り換え電車で負けた。今日通勤するときに、すごい形相で電車に駆け込んだ女の子を見かけた皆様、彼女は完敗です。

と言いつつ、なんだかんだ間に合いそうな雰囲気でもあり、ただ、15分ぎりぎりにはなってしまうので、それはそれでややこしいなと思い、もういいや、とコンビニに立ち寄った。彼女には申し訳ないけれど、今日は不戦敗ということで...

諦めがつくと、人はとてつもなく平穏になれる。コンビニのゴミ箱の前に立ち、カフェラテを啜りながら、スイートポテトをちまちま食べる。平和なひと時。これでもし知り合いの先生のどなたかとばったり会ってしまったら、言い逃れできない。どうか、今だけは来ないでくださいと願いながら、実質的には、邪魔にならないよう周りを気にしつつ、穏やかな気持ちで外の通行人やら、建物やらをバスが来る時間まで眺めていた。


まあ、電車が止まって、焦ってもしゃーないということで、安心して読書ができた。友達から借りた星野源の『いのちの車窓から』をそのまま最後まで読み終えた。星野源のエッセイ集で、読みやすい2000字ほどのショートエッセイが、ちょうどいい具合にひとつひとつ展開されていた。

彼は最後の「文庫版あとがき」で、音楽や漫画や、それらに伴って思い出される景色が電車関係ばかりだと書かれていた。今実際に自分も電車に乗っていて、それで毎日毎日電車ばかり乗っているわけだけど、必然的に電車で思いに耽る時間が多くなるから、何かと関連付けられる景色は電車が多いのを、少し烏滸がましいが、今この時、彼とリンクした感覚になった。でも、景色は上書きできるとも書かれていた。これからどんどん更新していきたいと。全体を通して、自分を受け入れ、自分を生きている人だなと思った。それが彼にとっての楽しい生き方であり、その生き方から生まれた素直な文章にはセンスを感じさせる爽やかさがあった。


学校につき、少しお部屋に顔をのぞかせると、お世話になっているあの女性はもう戦から戻られたようだった。

おはようございます、と声をかけると、「もう何もないですよ!」と笑顔で怒っていた。またへへっと笑いながら近づいて話をしたら、どうやら近年カレンダーの数が減少傾向にあり、争奪戦をするまでもないくらいに少なかったらしい。机に広げられた3冊の全く異なるデザインのカレンダーを眺めつつ、良い感じのを収穫できたじゃないですかと笑った。

それで何故か急に思い出した。1,2年前、忙しくしていたら部屋用のカレンダーを買い忘れてしまい、たぶん3月あたりに、バイト先までの道のりにある小さな文房具屋さんで猫のイラストが描かれたカレンダーをレジに持っていったとき、2222円と言われた。その後バイトだったからか、寝起きだったからか、単純に疲れていたからかはもう覚えていないが、変な値段だなと一瞬だけよぎって、無心で小銭を探していたら、レジのおじさんがぼそっと「売れ残りだから値引きね、猫だからにゃん(2)にゃん(2)にゃん(2)にゃん(2)で。」ポカーン( ゚д゚)とした後、「あ!!!」として、笑っておじさんにお礼を言った。見た目はダンディ寄りなのに、なかなかギャップが良かったと、思い出しながら話した。

こういう記憶って、書き残さないと、もしくは今回みたいに人との会話を通してじゃないと、とてもじゃないけど、今後一生思い出されないかもしれない。やはり「言葉」があるからには、書いたり、話したりしないとだなって、エッセイを読んで、人と話して思ったりした。


ちなみに、『いのちの車窓から』を読んでいて、一番ハッとさせられたのは、「人が好き」ということだった。

人が好きすぎる為に、執拗にコミュニケーションを取り、ウザがられた。いつの間にか、そのことを正当化するように、「自分は人が好きではない」と嘘の設定を作り出し、黙るようになった

星野源 「SUN」『いのちの車窓から』


経緯は違うけど、自分も気が付けば「人間が嫌い」という嘘の設定をしていた。そういう前提でいた方が、圧倒的に安全で、生き易い。でも、文章を読んでいると、共感できる部分の奥底で通じているものはやはり「人が好き」ということだった。「人が好き」というバラバラにして、土に埋め、海に放り込んだ感情が、全部とはいかないが、欠片がいくつか拾い上げられた。「やっぱり、君も人が好きなんでしょ」って言われたような気がした。

最近は本を読むついでに、星野源の歌を何曲か再生して聴いていた。なんでこんなにも晴れやかで、踊りたくてもできないので、少し抑えたステップを踏みたくなるような気持ちになるのだろうと、不思議に思いながらも、やっぱりすごい人だなと思った。

長くなってしまったが、星野源の車窓から見える景色は案外おもしろかった。


2023.12.21 星期四 晴れ

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