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おわりをはじまりにする、人類の進化へ向けて

トイレは人間にとって不可欠な存在であるにも関わらず現代社会の中で、最も目に見えない場所に追いやられ、下水と共に流される排泄物は私たちの暮らしの中で目に見えないようになっています。排泄物だけでなく、あらゆるゴミは忌み嫌われ、まるで存在しなかったかのように跡形もなく処理され、その存在を日常で感じることもない状況は、私たちの課題意識の希薄を招いています。

「おわりをはじまりにする。」
「廃棄物のない世界をつくる。」

石坂産業という会社に数年前に出会い、とてつもない決意で、不可能を可能にしてきた企業が覚悟をもって言うこの言葉に、地球の希望の光を感じました。

そんな石坂産業の石坂典子社長が「トイレを新築したいのよ」と仰ったのは多分2年くらい前だったでしょうか。

あの社屋を囲む武蔵野の原風景のような落ち葉に囲まれた、美しい里山の入り口にトイレを作りたいのだと。

三富今昔村

まさに終わりをはじまりにする、という石坂の原点の世界観の象徴として、これを食べること、生きること、そして土に還す循環の入り口にするんだと仰るのです。

この素晴らしい思いに感動した私は、これは絶対に普通の生半可なトイレであってはいけない、トイレというよりは、石坂産業のエントランスゲートなのだからと我が身を奮い立たせ、そこから「石坂産業の理念のすべて」を詰め込んだ壮大なトイレ構想がはじまりました。

その間私に会った人は、寝ても覚めてもトイレについて話している私に呆れておられたのではないでしょうか。

ちょうどその少し前に、ヴェネチアビエンナーレで循環建築の展示会に携わらせて頂いた土の建築家の遠野未来さんが、再生土を本格的に建築に活用したいので、その分野で先進的な石坂産業さんっていう会社にお問い合わせして今度見に行くことになったんです、という話を偶然とは思えないタイミングでしたのです。

そのアポが数日後だというので、あわててその場でご連絡して、多忙極まる石坂社長と奇跡的に予定が空けられて、遠野さんと石坂さんの対面が実現したのです。

土は石坂産業がもっとも大事にすることだから、このトイレは土でつくるということにしよう、しかも石坂が長年かけて開発した「NS-10」という建設廃棄物に混ざる土砂を再生させた素材でやってみようという話まではすんなり決まったものの、強度は出るのか、実際に構造体に使うとなると色々な検証が必要だということで建設前にもかかわらず時間もお金もかかっていく中で、いつ着工できるのかも見えず不安がなかったと言えばウソになります。

土を再生させたいという思いの石坂社長と、その場にある生きている土で命が宿る場所をつくるという遠野さんがタッグを組めば、絶対に良いものが出来ると思ったものの、次の課題は、はて?建物だけで良いのだろうかと。

その頃ヴェネツィアをきっかけに立ち上げた土壌回復のジノワ コンソーシアムの活動でお話しを伺った法政大学の湯澤先生の著書「ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 」を読みました。


湯澤規子先生

江戸時代には普通に、食べたものが肥料として土に戻り、そこからまた食べ物ができてという土と人間の完全なサイクルが出来ていたのだし、石坂の循環のトイレでウンコを下水に流して捨ててしまうことは出来ないと思い、土に還るトイレ、いわゆるバイオトイレの世界に深く入り込み、調べに調べてたどり着いたのが高嶋開発工学のEMBCバイオトイレという仕組みでした。

200余年の歴史を持つ老舗の酒蔵から生まれた、日本発の発酵バイオテック 複合発酵バイオトイレ

EMBCトイレは下水にはつながっていない完全独立型です。複合的な発酵技術なので「複合発酵」と呼ばれるこの仕組み。トイレの使い心地は懐かしの汲み取り式、通称ぼっとんトイレでも、用を足したらスコップで土をかけるコンポストトイレでもなく、一見普通の水洗トイレのようです。


排泄物は一次貯留槽に貯められますが、全く匂いもなく、汚泥も出ず、特別な掃除も不要です。

このトイレに循環している水は発酵によって分解力が最大になった液体です。水のように美味しく飲めるほど無味無臭で安全であるにもかかわらず、糞尿を48時間以内に完全分解するほど活発な消化のエネルギーが高いため、この水を循環させることによって匂いも汚泥も排水もない、100%循環型の水洗トイレが可能になっています。

自然界には何種類もの微生物が共存・共栄しています。しかしこれまでの微生物研究や開発は、自然界に存在する微生物の0.1%以下である純粋培養可能な微生物のみに限定で、残りの99.9%以上の微生物は人間の役に立たないと無視されてしまっていたのです。

しかしこの技術を開発した微生物学者である高嶋康豪博士は、自然界の微生物の複合的なコロニーそのもののちからを活かすことを考えました。つまり、人間にとって「よい」「悪い」と取捨選択して菌を単体で取り出そうとせず、命が命を支える複雑なつながりの仕組みそのものが重要だと考えたわけです。その結果、従来不可能とされてきた、嫌気性菌と好気性菌を共存、共栄、共生させ、全ての微生物の高密度化による微生物融合と、微生物酵素の高濃度化による酵素結合結晶を生じさせることによって、とんでもない数の微生物の働きを有効に導いてしまうという不可能を可能にしてしまった方法なのです。

またこの発酵水を1000分の1以下に希釈して土壌や植物にまけば病気を寄せ付けない根を育む成長促進剤にもなり、土壌の生物多様性も増えるので結果的に農薬に一切頼らず環境を再生しながら農業を行うことを可能にします。

またこの活性化された微生物群は環境中の土や水の汚れの原因になっている物質をさらに餌にして活性化するので、汚れがひどい環境ほど自然の自浄作用による活発な分解が進み、いままで水が澱んでいた場所に放流すれば藻や水草や匂いも消え、土が汚染されていたような場所の土中環境の回復も促します。またその回復力もスピードも驚異的なものになるので一部では地球の起死回生技術と言われているらしい...などなど。

そんな夢のような技術が本当なのか、沼津に住む開発者の高嶋博士をイタリアから何度も訪ねたり、検証とリサーチに明け暮れる毎日がつづき、日本の各地の導入先も回って、体感して、この技術の凄さの確信を深めながら、勉強しつつ導入がなんとか実現し、この9月にようやく稼働を開始することが出来ました。

でも一番確信を持ったのは、高嶋博士が沼津の歴史ある日本酒造がご実家であることでした。かねてから自分自身がイタリアで2014年に立ちあげたGenuine Education Network(GEN Japan)という食文化教育事業の中で、外国人を連れて日本の発酵食品生産現場を何度も訪れましたが、その中でも日本酒は日本が誇るバイオテクノロジーだと確信していました。ワインは「単発酵」、ビールは「単行複発酵」といわれますが、日本酒は「並行複発酵」という非常に複雑で複数の微生物が同時に『糖化』と『発酵』2つの工程を1つのタンクで同時に行うという世界から見ても驚異的に洗練されたテクノロジーなのです。こういった環境で育ち、日本が誇る複雑系微生物学を微生物学博士として極めた高嶋博士が開発した技術というのが何より説得力となりました。ですから、この複合発酵は日本発の発酵フードテックと言えるのではないかと思います。


来年から植物の育成への処理水の活用も開始

未曾有の挑戦が詰まった世界初の再生土の複合発酵バイオトイレプロジェクトメンバーは、ゼロから1の産みの苦しみに誰もが少なからず途中で不安がよぎることがありましたが、何があっても、信じてゴールに向かって揺るぎなく工事を進めると決断し続けたのは石坂社長でした。本当にすごい経営者だと心から尊敬します。

このトイレは、そんな地球上の廃棄物問題に取り組み、「終わりをはじまりにする」という理念で産業廃棄物の革命的な資源化に長年取り組んできた石坂産業の思いをかたちにした環境再生型の循環資源テクノロジーの結晶です。

石坂産業に持ち込まれた木材や土砂などの廃材を最新技術でアップサイクルした再生マテリアルはもちろん、木質バイオマス素材を耐水性にしたフィンランドの革新的な複合素材でつくられた便座や洗面器が導入されており、細部に至るまで矛盾のなく自然資源循環のショーケースとしてデザインされています。

このトイレはこれは人間が勝手に「おわり」だと思いこんでいたものを、世界でいちばん美しいものに転換させた人類の夢の扉なのです。

途中、さらに幸運な出来事もありました。トイレの建設が進んでいる時に、このトイレがある「三富今昔村」のある三芳町一体がUNESCO世界農業遺産に認定されたのです。


UNESCO世界農業遺産認定が決定!

武蔵野の落ち葉堆肥による土壌改良が歴史的に継承されていることが世界的に評価され、さらにこのトイレの周辺はこの落ち葉や土地にある資源を活用した大地の再生技術が施され、土中の空気や水の流れを改善し里山を再生させるランドスケープ デザイン(技術指導 WAKUWORKS株式会社)によって、さらに清々し鎮守の杜のような場所になっています。ぜひ、土と森と一体感を感じるので深呼吸しにきてください。

EMBCタンクは地上展示型で発酵プロセスをご覧いただけます。

トイレは完全にクローズドループ型で、水を無駄にしない、使えば使うほど分解力があがって安定する仕組みなのですが、超拡張生態系というくらいに複雑な微生物コロニーで成り立っている技術なので、建物と一緒に完成というのでもなく、ただボタンや電気さえ制御すれば自動的に動くというシステマティックなものでもありません。大事なのはこの発酵によって得られた水が生命体だという感性をもってこの技術を人間が拓くことができるのか、それがこれからの挑戦です。

このトイレを扱う人間に、微生物レベルの生物多様性や生態系の理解が求められます。感性があるひと、何より地球が好きな人と、まるで発酵食品をつくるプロセスのように、菌と人間の支え合う理想的な関係をゆっくり育んでいく必要があります。

この世の中で、汚い、危ない、臭い、有害だと思っていたものでも、自然そのものが持つちからと人間の創造力が支え合い、目に見えない微生物レベルの命までもがひとつのエコシステムにあること、全てを共に分かち合ってくれている地球への愛を忘れずに育めば、必ず自然な状態、矛盾のない完全調和の世界となり、このような地球の原点回帰は夢ではなく、まさに人類の進化の道筋を示しているトイレなのです。

たった一つのトイレが人類の進化など大袈裟だとお感じになるかもしれません。しかし地球のエコシステムを再生するという壮大な言葉に何をしてよいのか、もう躊躇している暇は私たち人類にはさほどないようです。

このトイレで用を足すという行為は、実際に毎日できる地球の環境再生そのものなのです。

このトイレのような身近なイノベーションを起こして、私たちが身近なところから毎日無理なく取り組める生物多様性へのグッドインパクトを生み続ける必要があります。

さて、このトイレは、もう間もなく試運転期間を終える頃を迎えます。

完成後、日本を代表するグラフィックデザイナー佐藤卓氏によって命名された「トイレトワ」というこの場所は、来年いよいよ一般公開されます。

地球上の土壌や水は、あらゆる有機物の分解とエネルギーの循環による複雑な連鎖で成り立っていて、地球上の生命の複雑なコロニーを形成しているのに、これを人間の理だけを求めて作り替えたり、敵味方に分けて操作すれば、命が支え合う力を結果的に弱めてしまいます。

「トイレトワ」


このトイレを通じて地球がわたちたちひとりひとりに、命にどう向き合うかが問われています。

自然の仕組みに気づき、敬い、実践しながら、Nature Positiveという壮大な人類のミッションに、毎日の暮らしの中で無理なく、必要不可欠な存在として入口となるトイレトワは、きっと人類の進化のはじまりになると思うのです。

石坂産業株式会社

循環バイオトイレ建設プロジェクト

設計 遠野未来建築事務所  遠野未来 (現 JIEN株式会社代表)

企画ディレクション 株式会社GEN Japan 齋藤由佳子 (現 JIEN株式会社共同代表)・バイオテクノロジー監修 国際土壌回復コンソーシアム JINOWA

環境再生デザイン監修+施工 WAKUWORKS株式会社

施工 寺島工務店
齋藤左官

高嶋開発工学
株式会社RITA

マルナカ設備工業

【特別協力】
株式会社立米
Woodio oy
株式会社創造工房
鈴木晋作

来年はUNESCO農業遺産にも認定される土地で生物多様性の再生が本格的に始動していきますので、トイレトワに入って、この壮大な構想と微生物の拡張生態系になるという体験をしに三富へ、そしてぜひこの世界一美しいトイレをお使いください。

バイオトイレ総合企画監修
JIEN株式会社 共同代表 齋藤由佳子


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