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苦しみの先にある救い。ビダミンF/重松清

「突然だけど家族っていいよな」
「あらなに藪から棒に、中吊り広告おじさん。まるでサンドウィッチマンのネタが始まるみたい」
「中吊り設定まだ引きずるんだ……ならせめて富沢さんみたいなおじさんであってほしいな」
「それではまるで富沢さんが特殊性壁を持ち合わせてるみたいになってしまうけれど、冒頭からちちくりあってたら今日の本紹介まで辿りつかないから余計なことは言わないわ。それで、なんなのその"家族"って?」
「そこから!?」
「『!?』なんてよく恥ずかしげもなく使えるわね。ああ、なるほどツッコミ役に回ったのか。かわいそうに。ということはこの世界の主導権は私か……はぁ、厄介な役割だわ」
ここは放課後の教室。外から野球部の声が聞こえてくる。日暮れが溶け出した2年3組には2人しかいない。
「なにこれ、誰の発言なの」
「地の文だね。そろそろ僕らの設定を固めておきたいみたい」
「この舞台台本みたいなスカスカな情景描写ならむしろ邪魔だわ。2年生ってなに。小学生?中学生?ここは何階なの?野球部ってなに?放課後っていつ?」
「君は単細胞分裂して生まれた異世界人かもしれない。だから家族と学校も知らないんだ」
「筆者は異世界ものが嫌いだからそれはないでしょ。それで、なんだっけ。家族についてだっけ。ならちょうど紹介したかった本があるわ」
夕陽に優しく照らされる甘栗色の髪を揺らしながら自分の机へ駆けていく。
「文学少女って押し並べて黒髪のイメージがあったけど、私は違うのね。髪型に言及してないのが気になるけど」
「色は完全に筆者の好みだね。髪型はたぶん毛先を外側に遊ばせたセミロングだと思う」
「じゃあそれでいいわ。それも筆者の好みなんでしょう」

38歳、いつの間にか「昔」や「若い頃」といった言葉に抵抗感がなくなった。40歳、中学一年生の息子としっくりいかない。妻の入院中、どう過ごせばいいのやら。36歳、「離婚してもいいけど」、妻が最近そう呟いた……。一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール。「また、がんばってみるか――」、心の内で、こっそり呟きたくなる短編七編。直木賞受賞作。
あらすじより

「今日紹介するのは親父を書かせたら右に出るものはいない小説家重松清の代表作『ビダミンF』よ」
「重松清……教科書にも登場する有名な人だよね」
「それは小学校6年生の教科書に載ってる『カレーライス』ね。言わずもがな名作だわ。そしていい加減に令和の時代に合わせて掲載作品を更新しろよとも思ってる」
「僕もそう思う」
「だから私は『カレーライス』の代わりに『ビタミンF』を来年度から載せるべきだと思うの」
「30代視点の大衆文学を12歳に読解させるのか……」
「そうよ。この作品には人生の苦い部分がたくさん詰まってる。早いうちに味わえば、ブラックコーヒーが好きと自称する小学生みたいな可愛い背伸びができるわ。筆者みたいに」
「かわいい」

「この短編集には様々なおじさんが出てくるの。共通してることはみんな中年で家族に何かしらのしこりがあること」
「けしてハッピーで終わりそうにない設定だね」
「私そういうの大好きっ!!」
「陰側の人だもんね」
「別に人の不幸が好きってわけじゃないのよ。『大好きなの!』とかつまらないボケをかますつもりもない。ただ、人間がもがき苦しむ姿は鈍色だとしてもやっぱり一番輝いてみえる…」
(それを好きっていうんじゃないのか)
「そして最後に"救い"がある物語が好きなの。これはハッピーエンドとは全く違うわ」
「ビタミンFにはその救いがあると」
「救われすぎず、救われなさすぎずのいい塩梅でね。今回は線を引いた言葉を紹介しながら私の感想を述べていくわ」
「よろしくお願いします」

倒れたキックボードを拾い上げて、「おとなになればわかるよ、おまえにも」と言った。洋輔はさらにふてくされた顔になり、雅夫も、ガキの頃そういう言葉を吐くおとながいちばん嫌いだったんだよな、と苦笑いを浮かべる。
p.50

「全く同意するわ」
「たしかに」
「なんなのよあの『おとなになったらわかる』って便利なフレーズ。あまりに便利すぎて道を聞かれた時にも使っちゃうわ」
「それはちゃんと答えてあげたほうがいい」
「けど実際そうよね。おとなが見てる世界って決して教科書に載ってるようなご立派な理屈だけで説明できないし、子供向けに言葉を選ぼうとしても気持ちの翻訳が全く機能しないもの」
「おとなになってわかったことは確かにたくさんあったし、それを実感した時に親も人間だったんだなって思ったな」
「子どもは親を同じ人間として見てないから気づかないのよ。親という生物に守られているのが当たり前だと思って労働もせず飯だけバクバク食って8時間睡眠を……」
「子ども嫌いキャラはあまり受けないぞ」
「……たしかに。この『親をいつ人間だと気づきましたか?』って鋭いテーマは古市憲寿氏の『保育園義務教育化』に詳しいのだけれど、それはまたいつかにしましょう」

「よけいなお世話かもしれないけど、逃げ場所にするなよな、思い出を」
p.139

「耳が痛いセリフね……」
「僕にはあまり響かないな。思い出に逃げ込んでも現実は変わらないし、思い出はただそこにあるだけのいい記憶でしか」
「それはあなたが陽だからよ。ほらみろ陽キャは悪気なくナチュラルに煽ってきやがる」
「えぇ……」
「ほんと歳を取るたびに思い出が厄介になっていくのを実感するわ。美化されるのはもちろん変に磨かれたせいであの光景がどんどんクリアになってく気がする。するとふと『あぁ今の私なら失敗しないになあ』と耽っちゃうわけ」
「だけど現実はその失敗を経た今でしかないよ。昔を振り返っても得るものはなにも……」
「うるさいうるさいうるさーい!!」
「釘宮ボイスで聞こえた」
「耽るだけで済むならまだいいの。これが『今からでもワンチャン』なんて思いましたらもう救えないわ。とくに恋愛ごとは」
「そんなの未練たらたらでダサいと思うよ、僕は」
「恋愛を何度繰り返しても一番好きな人が更新されない人ってけっこういるのよ。一番大事な人が目の前にいてもね」
「なんか今日は決め台詞を投げてくるな」
「輝かしい過去と物足りない今と不安な未来を前につい立ち止まってしまうのが中年なのかもしれないわね。そんな厄介な思い出に縛られかけてる主人公を諭した友人の言葉がこちら」

「思い出って玉手箱みたいなものだから、開けないほうがいいんだよな」
p.140

「玉手箱とは言い得て妙だね」
「これに主人公は『せめてパンドラの箱って言ってくれよ』と返す。ほんと作家は言葉遊びがうまいわね」


こどもの頃は数えきれないほどあった「もしも」の選択肢がどんどん減っていくのを肌で感じ取り、といって、まだ選択肢が全てなくなってしまったわけでもない、そんな中途半端な数年間を、父はどう乗り切ったか教えてほしかった。
p.249

「可能性と選択肢が減っていくのを実感したら、おじさんなのかもしれない」
「だからキャリアだの人生プランだの可能性に悩まされる私たち若者はとても幸福なのよ。多くの若者が選択肢が多すぎて頭を抱えてるわけでしょ?世帯を持ってなければ全て自分の責任で自分が決められるのに。大人からすればほんと贅沢な悩みよね。ゆとり世代、Z世代って社会だと蔑称になりがだけど、もしかしたら羨望の意味もあるんじゃないかしら」
「僕も後輩社員から『なんでこんなことしなきゃいけないんですか!?』とか後輩社員から詰められたら『役職になったらわかるよ』って恨めしく、そして羨ましく口にしちゃいそうだ」
「まさに"おとならしい"対応ね」

親は身勝手だ。ある時期まで早く大きくなれと願い、ある時期からはいつまでとこのままでいてほしいと願ってしまう。
p.150

「書いてて気づいたけど、あ、違う。言ってて気づいたけど『ビタミンF』の中でも第3話『パンドラ』からの引用がほとんどになってしまったわ。もし立ち読みするならp.105からがおすすめです」
「購入を勧めないんだ……」
「下のリンクから購入すると私にインセンティブが入ります」
「ちゃっかりしてるなあ」
「閑話休題。子ども目線も大人目線も経験してきた私たちだけど、あ、設定は学生だっけ、
まあ気持ちだけだいぶ先行しちゃった大人みたいなものよね10代後半って。そんな私たちもまだ親目線に立ったことも想像することもなかったから、この視点とても新鮮だったわ」
「親の人間らしさが滲み出てる言葉だね。わがままが許されるならずっとそばにいてほしいと親なら思ってるんだろうな」
「ちょっと水を差す発言になるけど、全ての親がそうではないとだけ言っておくわ。家族と1番大切な存在がイコールで結ばれない環境もある。親なら、家族ならこうであるって価値観は時に他人を傷つけることになるわ」
「あ、そうか。なんかごめん」
「って筆者は元カノに怒られたんだって」
「ほんと不憫だなあの人」


「あー3500字もしゃべっちゃった」
「文字数で経過時間を表現する人初めて見た」
「全然地の文がなかったせいで私たちの現状がわからないんだけど。今何時なの?野球部の音はまだ聞こえてるの?もしかして朝日がわたしの甘栗色を照らし始めてるんじゃない?」
「実は所々書いてたみたいだけど、『なんか小っ恥ずかしいな』って消しちゃったらしい」
「リア友も見てるブログで一人寸劇かましてSNSで宣伝までしてるくせになんなのその小心者っぷり」
「筆者の次回作にご期待ください」

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