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天国っぽくもある共同浴場の話

台湾は北投に、天国みたいな感じの屋外公衆浴場がある。
といっても、至れり尽くせりの高級温泉とかそういうところではなく、むしろやや不便ですらある。だがすこしだけ天国めいたものを感じる、そんなところだった。

北投駅を降り、20分ほど歩くと温泉宿が並ぶ坂道にたどり着く。台湾では有名な温泉地だ。 その坂道の中腹あたりに、北投温泉親水公園露天温泉という屋外公衆浴場がある。

見た目は大きめの露天風呂という感じだが、他と違うのはここが水着着用での混浴風呂だというところ。

水着着用だから目隠しの壁もなく混浴。屋根もないので四方が開けており、想像以上の開放感を味わうことができる。日本の銭湯のような洗い場はなく、性格としてはプールや沐浴場のようである。

湯船は湯の温度に合わせて6つほどに分かれており、気合の入ったおじいちゃんたちだけが一番熱い風呂に入っている。

洗い場もないし水着着用なので湯の衛生状態については期待できないが、そんなことは気にせず、みな気持ち良さそうな顔で目を閉じている。

狭くて汚いロッカーで非常に窮屈な状態で海パンに着替え、扉を開ける。旅の荷物を降ろし、海パン一枚になると一瞬にして場に溶け込んだ気分になる。

僕も邪魔しないようにゆっくり湯に浸かり、その仲間に入る。

地元民っぽいおじいちゃんおばあちゃん、お母さんと子供たち、観光客であろう派手なビキニの白人、色々な人種の老若男女がひとつの湯船に入って、はしゃぐでもなく静かに佇み、同じ時間を共有している。

男女の恥じらいも、言葉の断絶もない。ただその場に集まり、めいめいがなんとなくいい気分になっている。天国とはきっとこういう気分が連続したものなのだろう。

照りつける太陽の光が湯面にキラキラと反射し、閉ざした瞼を抜けて橙色に網膜を刺激する。湯の温度はぬるめでちょうどよく、低く響く湯音と異国の言葉が耳に心地よい。

そのうちに残金がいくらあるのかとか、ホテルのチェックインが何時なのかとか、そういったどうでもいい思考がスルスルと体を抜けて、疲労とともに湯に溶けていく。

こういう時、なんて言うんだっけ。

……ああ、極楽、極楽。

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