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カンカラ三線

カンカラ三線(さんしん)という楽器がある。
「三線」とは、沖縄民謡を演奏するときに用いる三味線のことで、ほとんどの方は目にしたことがあるだろう。カンカラ三線というのは、弦の音を増幅させる胴(チーガ)の部分をスープ缶などの大きめの空き缶で代用して出来ているものだ。

戦前から子供のおもちゃとして親しまれており、戦後まもなくの物資の少ない中で廃材を組み合わせて作られたそれは疲れ果て荒んだ人々の心を大いに和ませたという、チープな物ながら沖縄の歴史を語る際には欠かせないアイテムの一つである。

本物の三線と比べて安価であり見た目も面白いので、現在でも沖縄土産としてよく店先で見ることができる。今では胴の空き缶は使いふるしのものでなく、カンカラ三線専用に作られた綺麗なものが使用されている。

10年ほど前、初めての沖縄旅行から帰ってきた僕は沖縄音階と三線の豊かな音色にすっかりやられてしまい、慣れない日焼けで真っ赤になった顔のまますぐに三線専門店を訪ねた。

入門用に初心者向けのを買おうと店内を一瞥してすぐに気がついた。三線は思ったよりも、ずっと高い。初心者向けのものは無いですかと一応店員さんに聞いてみたが、一番安いものでも3万円はする。ちょっと買うのに勇気がいる値段だ。

そんな中レジの前に無造作に吊り下げられていたのが、カンカラ三線だった。僕は目を泳がせながら、これ、これでどうでしょう、と指差した。

「ああ、それは初心者用としてはお勧めできないですね、何しろおもちゃだし、音も良くない」

それでも8000円くらいはするのだが。店員は目を細めながら続けた。

「いい音がしないとやる気も出ないでしょう?」

まぁ仰るとおりなのだが「ちょっと触りたいだけなんで」とそれを包んでもらうことにした。店員は「いいんですかね……」と言いつつも弦のチューニングを始め、勘所(弦の押さえ方)の教材をおまけにつけてくれた。

早速自宅へ持って帰り、教材を広げてボロンボロンと弾いてみた。弦の響きにすこし金属感があり音には芯がないが、自宅で鳴らすには丁度いい音量だ。

そして三線を鳴らすだけなら、けっこう簡単だ。2時間ほど練習すれば適当に沖縄っぽいメロディを奏でることができる。

沖縄音楽には音階が五つしかなく、そして三線には3本しか弦がない。ヨナ抜き音階と呼ばれるド・ミ・ファ・ソ・シの5つの音、これらの音をランダムに鳴らしているだけでまぁ本当に気持ちが良い。永遠に遊んでいられる。

「十九の春」「安里屋ゆんた」などを適当に耳コピして歌ってみればますます楽しくなり、ちょっと大きめの公園にでも行って気持ちよくやるか、となってくる。

が、ここでちょっと頭をもたげてくるのが、わたくしの生まれが沖縄ではない、というところだ。なんとなく外で演奏していると、往来の人に「沖縄の方ですか?」と聞かれてしまうのではないか、そんなふうに想像してしまうのだ。

僕はこの薄い顔の通り、生まれも育ちも関西である。そうなると相手の人はどう思うだろうか。ちょっと半笑いで「あ、そうですか」となってしまうのではないだろうか。なんとも言えない気持ちになり、背筋がむず痒くなった。

不思議なもので、ギターやピアノを弾くときには考えもしないことだ。道端でエレキギターを掻き鳴らしていたって「アメリカ出身の方ですか?」とは尋ねられない。だからきっと三線を弾いていたって誰にも何も言われないだろう。

だけどその気恥ずかしさがみるみるうちに心の中に巣食ってしまい、「僕が上達しても仕方がないな」という気分になってしまったのだった。何度考えても納得の行かない話だ。カンカラ三線は押し入れの中にしまわれたままで、ついには引っ越しの際に処分してしまった。

たまに無性に弾きたくなり、そのたびにこのくだりを思い出す。

今度買うときには、れっきとした初心者向けのを買おうと思う。

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