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コインランドリーの仕上りを待つ時間はなにか特別な手触りがある

すこし金銭に余裕ができると学生はコインランドリーの乾燥機を廻しはじめる。

とかく洗濯というものはやたら面倒くさくてできればやりたくなく、本当に最後のパンツを履いてしまうまで洗濯物をどんどん溜めていってしまう。夜も更けそろそろ寝ようと思った頃に今のパンツが3日めになること、そしてそれが最後のパンツだということに気づく。

深夜の12時に部屋の洗濯機を回すわけにも行かないもんだから、最後の手段として学生は洗濯物が積まれたカゴを抱え、いささか遠いコインランドリーに向かう。

深夜のコインランドリーは独特の雰囲気がある。洗濯機のドラムが低く唸る他はとても静かで、蛍光灯はじりじりと光り、夏は信じられないくらい暑く、冬はほんのすこし温かい。

洗剤のほのかな匂いと灰皿に残された煙草が、コインランドリー独特の芳香を形作っている。

強制的にヒマになる時間

あくびをしながら山盛りのカゴから服を取り出し、洗濯機にぶち込む。洗濯機が動きを止めるまで40分、洗い終わった洗濯物を乾燥機に入れて40分。だいたい1時間半ほどこの空間にたたずむ必要があり、なぜか僕はこの時間をなんとなく気に入っていた。明日用事があろうがなかろうが関係なく、乾燥機が止まりブザーがなるまでのあいだ、強制的にヒマを潰さなければならない。その感じが好きだった。

当時はヒマを潰せるものはそんなになくて、聴き飽きた携帯型CDプレイヤー(ウォークマン)と、先客が残していった、半年ほど前の漫画雑誌くらい。

よく知らない週刊誌の、途中から読むものだからまったく筋の分からない漫画をパラパラ眺めたり、筆記具のないままクロスワードパズルをやってみたりする。やがて暇を潰せるものがなくなると、もう乾燥機のドラムの輪転と残り乾燥時間を示す赤いデジタル数字を交互に睨みつけるくらいしかなくなってしまう。

そのなんともヒリヒリした時間を過ごしていると、やがて自分の頭の中から妄想の世界がひらけてくる。深夜3時の気だるさの中で、現実と(コインランドリーの場と)非現実がないまぜになり、妙な浮遊感に包まれる。

しばらく惚惚としているとやがて乾燥機から乾燥終了を告げるブザーが鳴る。

フカフカに温かくなった洗濯物を取り出し、やたら丁寧に折りたたむ。ソフター(柔軟剤)の甘い匂いが鼻をくすぐると、いままで忘れていた眠気が急に立ち上がってくる。


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