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「テーフタク」の謎

僕の頭の中に何十年も保管されている、意味不明の呪文のような言葉がある。それは「テーフタク」という、カタカナで表記する短い言葉である。

意味は全くわからないし、どこで知ったのかも覚えていない。ただ、幼い頃からずっと頭の片隅に残っていて、その呪文を思うたび実家の埃臭さを嗅ぐような錯覚が起こる。僕にとってテーフタクとは不気味な郷愁を誘う言葉だった。

そして、テーフタクの仲間としては「ケイサンショウサ」がいる。急に仲間と言われても戸惑うだろうけど、そういう事になっている。

取り付く島もないテーフタクと比べると、こちらは幾分具体的だ。ケイサンショウサはいかめしい顔をした半人半ロボットの少佐で、複雑な計算を頭の半分を占めたコンピューターで即座にこなしてしまう。獰猛な怪人たちを知力で統べる、手強い敵の司令官である。

しかし何度思い返してみても、彼は特撮番組の敵役でも、ビックリマンシールのキャラクターでもなかった。尖った鷲鼻で三白眼、赤いマント。ビジュアルはありありと浮かぶのに、記憶にあるのはただ単に「ケイサンショウサ 」というカタカナの羅列なのである。それになぜテーフタクの仲間だと思うのだろう。なにもわからない。いったい彼らは何者なのだろうか。

残念ながらこういう類の不確かな記憶を辿る行為というのはそうそう長続きしない。いつも何かの拍子に思い出しては「テーフタクってなんだっけかなあ」ぼんやり考えているうちにだんだん興味を失い、代わりに夏の暑い日、生活笑百科を見ながらソーメンを食べていたことなどを思い出してしまう。いつだってそうだ。

しかし先日、思いがけない形でテーフタクと再会を遂げることになる。それはこの間の盆休み、里帰りした実家の居間で起こったことだ。

普段は用事のない戸棚を何気なく開けた時、不意に彼らの姿が目に飛び込んできたのだった。しかも「テーフタク」と「ケイサンショウサ」二人が同時に躍り出たのである。

そして彼らの正体は、不思議な呪文でも恐怖の怪人でもない、それこそ何者でもなかった。戸棚の中に鎮座していたのは何冊も並んだ分厚い百科事典。それらは百科事典の背表紙に金文字で刻印された、ただの文字だったのだ。

“テ ― フタク”

“ケイサン ― ショウサ”

つまり百科事典の収録範囲を示す索引だ。

手から付託まで、計算から少佐まで。

「おまえ……そうだったのか」思わず口をついて出る、ごんぎつねのラストみたいな台詞。――果たして彼らは仲間だった!

僕は6冊並んだ事典の索引をじっくり眺めた。よしよし、他の仲間も確認できた。面白いものだ、6人の名前は全部覚えている。

パソコンの前でこの文章を書きながら、ふとテーフタクをweb検索してみた。なんと、いくつかのサイトがヒットする。テーフタクだけでなく、ケイサンショウサと、さらにその仲間のショウシーツンも出てきてくれていた。探しきれてはいないが、フタコーワンもきっとどこかに潜んでいるだろう。

彼らの名前が掲載されていたページは、愛知教育大学附属図書館の蔵書除籍リストだった。

アーオセ、オセアーケイサツ、ケイサンーショウサ、ショウシーツン、テーフタク、フタコーワン。

おそらく実体はもう処分されてしまっただろうが、その不思議な文字列だけは、かろうじてwebの片隅に残っている。

なんだかふいに空に現れた仏様の残像をみたような、そんな儚くも有り難い心持ちがした。


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