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女性タレントと芸能界志望の少女

出先でスマホの電池が切れそうだったので、電源が使える喫茶店を探し、そこで充電がてら休憩を取ることにした。

ロハスっぽい雰囲気の喫茶店だ。パンケーキがイチオシらしく、まわりはパンケーキに興じる女性ばかり。若干の場違いを感じながらフェアトレードのコーヒーを啜っていると、カウンター席の隣に女性客が二人やってきた。

スマホをいじりながら彼女たちの会話を聞くともなしに聴いているとその内容がなかなか面白そうだったので、僕は小さく音楽を流していたイヤフォンを外し、積極的に盗み聞く事にした。

聞いているうちになんとなくわかってきたことは、女性のうちの一人は芸能界に身をおく女優だか女性タレントだかで、もう一人は芸能界に入りたいと願うふつうの女の子だということだ。彼女はどうしたら芸能界に入れるのか、女性タレントに相談していたのだった。

「わたしもずっとモデルやってたけどぉ、やっぱり女優がしたかったんだよね~。まだ再現ドラマのチョイ役とか、バラエティ番組にちょっと出るとかぁ、それくらいかなぁ」「でも○○さんによくしてもらってるしー、今度舞台監督に会わせてくれるって」「やっぱり人脈が大事」「芸能界のひとと会うときは飲みの席でも全身全霊ビシっと気合を入れなきゃね~…そして笑顔を絶やさない。あと、相手のいうことに全然興味なくてもぉ、めっちゃ興味を持っているように見せる!」「とにかく顔を知ってもらうことが本当に大事」「今は”インスタグラム”を頑張ってぇ、”インフルエンサー”からやっていく方法もあるよ」

鼻にかかったギャルっぽい声だが、すごく親身にアドバイスをしてくれている。

対する芸能界志望の女の子も、かなり真剣にいろいろと質問している。どうやって二人は知りあったのかわからないが、少女にとっては苦心の末にやっと掴んだ芸能界への最初の手がかりなのかもしれない。「女優になりたいんです。昔からずっと清純派女優になりたいと思っていました」

ははぁ、清純派女優ときましたか。僕も大好きです。この時点でものすごく彼女の姿が見たかった。だけどカウンター席で、すぐ隣の人の顔を覗き込むのはかなり難しい。直接見られないぶん、どんどん想像が膨らんでいく。

熱の入ったしばらくのやり取りの後、ついに女性タレントさんが頼もしいことを言ってくれる。

「今度モデルの誰々くんと遊びに行くから、あなたも一緒に来ればいいよ、私から言っておくから」「ほんとですか?うれしい!」

……という会話の直後、彼女らが注文していたパンケーキが運ばれてきて、それからはふたりともずっとパンケーキがおいしいという話をしている。やっぱり若い女の子にとってパンケーキってすごい存在なんだな。

と、そんなふうに聞き耳をたてているうちに僕のコーヒーはとうになくなって、お水も底をついてしまった。スマホの充電もだいぶ溜まってきたのでそろそろ退出しよう、だが店を出る前に、やっぱり彼女たちの顔を見てみたい。見るなら、退出のこのタイミングしか無い。

席を立ち、かばんを持ち上げながらしれっと彼女らの顔を覗きこむ。自分の想像と本物はぜんぜん違った。

真剣にアドバイスをしていた女優さんのほうが、もう完全に可憐な清純派の容姿で、ワナビーの女の子が少々派手めなギャル風少女だったからだ。今の、その感じから清純派女優になってゆくのか。逆にすごく興味が湧いてきた。

後ろ髪を引かれつつも喫茶店の扉を開ける。夕暮の日差しに目をやられる。

いつの日か、彼女らをテレビの中に見るだろうか。

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