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【禍話リライト】夢のブランコ

 虫の知らせというものはある。それほど珍しくはないけれども心に残る。
 時間に正確な人がたまたま乗り遅れたらいつものバスが事故に遭う、いつも通っている道をなんとなくやめたら火事を避けられたなどそれこそ枚挙にいとまがない。
 これは厳密に言えば何も起こらなかった話・・・・・・・・・・だ。だから本当は単なる夢の話になるのかもしれないが、どうもそうではないようで。

【夢のブランコ】

 Aさんは、単身用のマンションの5階に住んでいた。
 ある晩、夢を見た。
 夢の中でAさんは、知らない公園にいた。
 ベンチに座ってぐるりと見渡すと、設置してある砂場やブランコなどの遊具の間隔が開いていて遊びにくそうだ。くたびれたサラリーマンが端のブランコに腰を下ろしている。暗い顔だが、休み時間が終わったのかどこかへ行ってしまった。
 少しぼんやりしていると、今度はそちらの方から子どもが近づいてきて、ブランコを漕ぎ始めた。キィキィと金属が擦れる音がした。見ると、二つ並んだブランコを競い合うように漕いでいる。結構な高さまで上がって気持ちがよさそうだ。
 しばらくすると親が呼ぶような雰囲気になり、子どもたちは公園から走り去ってしまった。
 遊ぶ様子があまりにも気持ち良さそうだったので、Aさんも童心に帰ってブランコに乗ってみることにした。
 そばまで行って鎖に手を掛け乗ろうとして気がついた。尻を置く板がない。
 サラリーマンや子どもはどうやって乗っていたのか……

『なんだよ乗れねぇのかよ』
と思ったところで目が覚めた。時計は夜中の2時を指している。
「変な夢を見たな」
 独り言ちてベッドの上で体を起こすと、ひどく喉が渇いていたので、そのまま台所に行って浄水器の水をコップに一杯飲んだ。こんなことは滅多にない。起きてからここまで3分はかかっていないだろう。
 ふと、音が聞こえることに気がついた。ギィギィと何かが擦れる音がする。最初は玄関の外廊下かと思って玄関を開けて見たが、音源からは逆に遠ざかり音は小さくなった。
 扉を閉めながら再び耳を澄ます、と寝室の方から聞こえる。つい先ほどまで居た部屋に戻ると、どうやら窓の外から聞こえるようだ。分厚い遮光カーテンに手を掛けて気がついた。ここは5階で、外にはベランダしかない。あるいはマンションの外でここまでこの音量で聞こえるほど大きな金属音とは何なのか。物干しざおや何かの設備が外れようとしている可能性も否定はできない。
 そこで、『これ、ブランコの音じゃない?』と思い至って、カーテンを開けるのをやめた。明確な理由ではない、何となくだ。もちろんベランダにブランコなどない。
 相変わらず音は一定の間隔で続いているが無視をして布団に潜り込んだ。
 翌朝目覚めた時は、何も怪しいところはなかったという。しかもこの一回きりだった。

 数年経って、他の住まいに移ったのちに偶然飲み会で一緒になった友人の友人がそのマンションのもっと上の階に住んでいてすぐに出てしまったと知らされた。
「偶然だね。僕もあそこに住んでいたんだ50X号室。便利だし日当たりも良かったんだけど仕事の関係で越したんだよ。どうしてあのマンション出たの?」
 少しも沈黙の後、その友人の友人はこう絞り出した。
「それは……言えません。どうせ信じてもらえない」
 その話題はそこで終わった。人間関係もできていないので、無理強いもできない。
 気になったので、その人がいない間に友人にそれとなく聞いてみた。
「いや、私にもはっきりと教えてくれないんだけど『ブランコに乗っている子どもが怖かった』とだけ断片的に。どういうことだろうね」
 その時に、夢のこととカーテンを開けなかったことを思い出したものの、友人には言わなかったそうだ。あるいは、自分があの時カーテンを開けなかったからか、とも思ったそうだ。
 間違いなく関係はあると思うものの、確証はない。
 あの時窓の外を見ていたらどうなっていたのだろうか。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十二夜(2023年12月16日配信)
24:10〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。

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