見出し画像

【禍話リライト】桃色の栞

 怪異が何かのメッセージだとしても、それがこちら(人間)側に解るかどうかは別の話だ。
 これは、そんな短い話。

【桃色の栞】

 現在40代のAさんは、「意味が解らないほうが怖いこともある」と言う。
 
 Aさんは、父親の仕事の都合で家族で2階建ての一軒家に引っ越した。高校生の頃のことだというから、今から25年ほども前の話だ。
 家族というのは両親とAさん、それとそれほど年が離れていない妹だった。

 ある晩、Aさんは夜中にトイレに起きた。
 2階のトイレに入る。
 一般的な洋式トイレで、奥の壁に小さな窪みがある。母親が趣味で作っている造花が飾られていた。
 その横に、文庫本が置いてあった。
 便器に座りがてら、手に取ってみた。いわゆる名作日本文学の類だ。
 2階には、子ども部屋が二つしかないから、必然的にこのトイレは自分か妹しか使わない。
 妹は、文学など全く興味がないと思っていたのだが、誰かに影響でもされたのだろうか。
「難しいもの読むんだな」
 独り言を口にして、パラパラめくるとしおりが挟み込まれていた。『読んでいる途中なんだな』と思う一方で、ちょうど深刻な内容のところだったという。そのフレーズが特徴的で何となく覚えてしまった。

 翌日、学校に行く前、朝ごはんの時に「あんなの読むんだな」と妹に声をかけると、「そんなの読まないよ」と返された。トイレの中にも見当たらなかった。
 寝ぼけていたのかと思う一方で、手にはパラパラとめくった感触が残っている。
 タイトルは覚えていたので、図書館でその本を探して中を見ると、しおりが挟まれていたページの深刻なフレーズはちゃんとあった。Aさんは、その本を今まで読んだことはなかったので、『間違いなくあったんだ』と思ったのだという。
 『気持ち悪いな』とも。
 しかし、ひょっとしたら、学校の教科書や雑誌などで目にした可能性も捨てきれないーーと自身に言い聞かせていた。

 しばらくして、家族で食事に出かける折に母親と二人になるタイミングがあった。これから店へと出かける父と妹を待つ形だ。
 しかし、予想以上に時間がたってしまい、話題が尽きた。しかし、そこは家族。あんまり暇だったので、どうでもいいことで二人で笑いあった。
「何だよそれ」
 男子高校生にしては、母親とはコミュニケーションが取れている方だったとは思う。そこで、ふと先日の文庫本の件を思い出した。
「何だそれといえば、こないだ寝ぼけていたと思うんだけど、夜中に二階のトイレで〇〇と言う文庫とその栞の幻覚を見ちゃったんだ」
 詳しいことを説明すると、母親が「へっ?」と声を上げた。続けて、
「それ、本当に〇〇という小説だったの?」
「うん、後で調べたら、暗い終わり方する話なんだってね」
「栞がはさんであったの?」
 こんな話に母親が食いついてくるとは思わなかったので、Aさんは少し戸惑い気味だ。
「入ってたよ」
「あの、その栞、ピンク色じゃなかった?」
 思い出してみると、そうだったようにも思える。
「たぶんピンクと言うか、赤系だったと思うけど」
「あぁ、そう」
 それから、家族と合流して食事の間中、普段は朗らかな母親の表情が暗かった。

 次の日に、学校から帰ると、食事の支度をしている母だけだった。父が仕事から帰るのはもっと後だし、妹はどこかへ遊びに行っているらしい。
「昨日の話題まずかった? 何か母さんあれ以降暗かったようだし」
 ひと段落付いたのか、手を拭きながら台所からこちらへ向かいながら母がこう口にした。
「あの話聞いて思い出したの。高校の時に自殺した友達が、その本を読んでた。栞も覚えてる」
「えっ!」
「お父さんにも言ったことないからね、この話。でも、命日でも何でもないしね」
「偶然にしては、気持ちの悪い一致だなぁ」
 日付も、時期も何の関係もないそうだ。
 こういう話は、「〇〇を知らせたかったのでは?」となることがあるが、この時は、全くそういうことはなかったのだそうだ。だから余計に気持ちが悪いのだという。

 現在は、この家からは引っ越したのでいいのだそうだが、「またそういうことがあったら嫌だな」とAさんは話を締めた。
 母親が、栞の色を覚えていたということは、仲が良い友達だったのだろう。しかし、向こうの論理でフラリと怪異を起こされても、受け取り手としては困ってしまう。
                         〈了〉
──────────
出典
禍話インフィニティ 第三十四夜(2024年3月9日配信)
40:04〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。