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【禍話リライト】八百屋の車

 死を告げるものは多い。
 身近なものならカラス、それほど不吉なものでなくとも虫の知らせなど、枚挙にいとまはない。
 これは、その一連のバリエーションだと理解はできるもののなぜその形なのかの疑問符が残る。そんな話。

【八百屋の車】

 少し前、平成も中ごろまでは、移動販売車でいろんなものを売りに来ていた。さお竹(物干しざお)が有名だが、鮮魚や移動式スーパーなど、現在も地方都市では現役で買い物難民の胃袋を支えている。
 現在30代のBくんが住む地域にも、改造した軽バンで売りに来る八百屋がいた。ゆっくりした速度で独特の音楽を鳴らしながら街に現れ、呼びとめられると停車して野菜を販売する。
 もちろん、本店舗は別にあったのだろうが、結構町の人に重宝がられていたという。コンビニが今ほど普及する以前の話だ。
 Bくんには、小学校の頃にこの移動販売車にまつわる奇妙な記憶があるという。

 その町に現れる八百屋さんは、背が高く、恰幅の良い体形をしていた。黒縁の丸眼鏡がトレードマークで、よく通る声で「今日も八百屋がやってまいりました~」と営業をしていたという。
 Bくんは、この八百屋のバナナが大好きだった。近所のスーパーで買うような青っぽい味がせず、完熟でとても甘かったからだ。これを祖母に買ってもらうのが楽しみだった。もちろん、陽気な音楽を鳴らして現れる八百屋から入手する(一種のイベントに参加するような)高揚感があったのだろう。
 そんな好物があったからか、自身と祖母が家にいるときは必ずねだっていた。

 あるとき、何気なしに家の外を見ると、庭越しに販売車の姿が見えた。時間は、いつもこの車が訪れる午後3時よりも1時間ほど早かったという。
 あわてて、家の奥にいる祖母に声をかける。
「おばあちゃーん、八百屋さん来たよー」
 家事をしていただろう祖母が、手を拭きながらこちらに来る。
「こんな時間にまだ来ないよ」
 そう言われて、再度家の外を見ると、確かに車の姿はない。窓を開けて道路の先を見たがいない。車は前述したようにゆっくりな速度で流しているので、少し目を離してしまったからといっていなくなるようなことはない。念のため、玄関から出て確認をしてみる。庭の先の路地には影も形もなかった。
 しかし、いつもの3時になると、陽気な音楽を伴って移動販売車の八百屋さんが現れた。1日に2度現れることはないため、「記憶違いかな」と思っていたそうだ。

 夕食の折にこの話題になった。祖母は、
「この子がバナナが楽しみすぎて幻覚を見たんじゃないのかい」
 二つ年上の兄貴は、ちょうどませた年頃に差し掛かるということもあって、「お前は存在しない車を見たんだ、それは実は霊柩車だったのだ」と脅してくる。
「霊柩車のような色じゃなかったもん、黒いんでしょ」
と口をとがらせると、
「じゃあ、やっぱりバナナが好きすぎて幻覚を見たってことだ」
と変わらずバカにされる。
 改めて思い返してみると、車は停車していたように思えた。まじまじを見はしないが、ノロノロ運転をしていたら気付くだろうとも思う。加えて、誰も呼びとめていないのに停まっていることなどあるだろうか、という考えも去来した。
 返す返す思い出しても、ぼやっとした違和感しかなく、結局、見間違いということで自分の中の折り合いはつけたのだという。

 Bくんが見かけた路地を挟んだ向かいには、同じような大きさの二階建ての家があった。そこには、老夫婦と家に閉じこもったまま出てこない若い息子が3人で暮らしていたという。町内でも回覧板を回しにくい……という扱いになっていた。老夫婦は昔から地元に住む良い人たちだったものの、要因は息子(と思われる男)だった。月に一度くらいの頻度で大声で叫び出すことがあるのだという。
 老夫婦はいい人なので、そのことを言いだしにくい上、事情も漏れ聞こえてこないため地域で腫物のような扱いをされていた。
 この家が、過去に八百屋を呼びとめていた姿は見たことがなかった。
 すなわち、路地を挟んだ向かいが止めないなら、Bくんの家の前に停まっていたということだが、たまたまその時間には家にBくんとおばあちゃん意外にはおらず呼びとめる人もいない。余計に不可解だなと思っていたのだそうだ。

 そんなことがあった1週間後、Bくんが同じ窓から外を見ると、くだんの移動販売車が停まっていた。
 間違いない。
 しかも、先週と同じく祖母は気付いていない。
 そのときに、音楽もアナウンスもないことに思い当たった。この音楽と言うのはテーマソングと言うようなもので、ゆっくりした速度で走っている間も停車して営業している間も流しっぱなしになっている。
 しかし、その音がしない。
 前回は、少し目を離したすきにいなくなってしまったので、今回はよく見てやろうと車を観察した。
 すると、いつも販売の時に開けられている車体の横の扉が閉まっている。中の商品が見えない状態だ。注意して他の部分を見ると、運転席にも人影はない。八百屋の屋号が書かれた車体が見えるだけだ。
 まだ幼かったBくんは「ここに停めてどこかに行っているのだろうか?  トイレ?」と解釈した。
 つっかけを履いて庭に出たが、車の周辺に人の気配はない。
『どこに行ったんだろう』と周りをきょろきょろ見渡す。
 突然、視線を感じて向かいの家の2階に目をやると、老夫婦の家のベランダに八百屋が立っていた。こちらに背を向ける形で、いつもの服装と、トレードマークの前掛けの一部も見て取れる。
 頭の中に疑問符が生まれる。
 おかしな話だが、ベランダにいるならこちらの方、つまり下を向いていてほしいのだが、八百屋さんは、向こう側すなわち部屋の中を覗き込んでいる形になっている。
 子ども心に、『何であんなところに突っ立っているのか』と疑問に思ったので、庭の中をできるだけそちらに近づき「おじさーん、八百屋のおじさーん」と声をかけた。
 いつもなら、にこやかに「どうしたんだい」「きょうのバナナはおいしいぞ」と対応してくれるはずの八百屋さんは、微動だにしない。
 よく見ると、ベランダに出るガラスの引き戸も閉まっているようだ。
 反応もないので、一度家の中に戻った。
 縁側から入ってくる音を聞きつけた祖母に「どうしたの?」と問われたが、薄気味が悪く、先週のこともあったため言い出せずにいたのだそうだ。
 1時間もすると、耳なじみのある音楽とともに八百屋が現れた。いつものように祖母が呼びとめ、完熟バナナを買ってくれた。
 その恰好は、上着の柄や雰囲気まで先ほどのベランダの姿と全く同じだった。
 バナナはいつもの甘い味がした。
 ねっとりとした口触りを飲み下しながら、『これを言うと、またバカにされる』と思ったのだという。

 2日後、Bくんが学校から家に帰ると近所は大騒ぎになっていた。
 向かいの老夫婦の息子が、2階の自室で亡くなっていたという。
 死因は、脳溢血だか心不全で、いわゆる他殺ではなかった。
 その「2階の自室」と言うのが、八百屋のおじさんが立っていたベランダのある部屋であり、長じて詳しい話を聞くと、その立ってた位置は、ちょうど部屋に横たわるお兄さんの姿がよく見える場所だったという。

 おそらく、死を見に来た「何か」が八百屋さんの形で見えた、ということなのだろうが、移動販売車まで伴って現れるというのは解せない。また、死の一週間前に見えたのは何だったのか、よく分からない。
 八百屋のおじさんは、その後何年かして普通に引退していった。向かいの家との確執があったという話も聞かず、真相は藪の中だ。
                           〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第8夜(2023年2月18日配信)

46:05〜

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


                           〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第六夜(2023年2月18日配信)

23:00〜

禍話アンリミテッド 第六夜(Q同時視聴もあるよ)

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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