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エメラルドグリーンの海_20180304弥生賞

俺は大学受験に二度失敗した。貧乏家庭の二浪は許されない。だから住込みの新聞配達をして奨学金をもらいながら大学受験を目指した。

俺が配属になった東京の新聞販売所で、さっそくひとつのコースを引き継ぐことになった。
同い年で沖縄出身の専門学生である祐一は、このコースを2年務めていた。

なぜ祐一から引き継ぐことになったのか?
それは彼がひどいホームシックにかかったから。
新聞販売所のおばちゃんが言う。
「あいつはホームシックにかかったから、あいつと関わるんじゃねーよ、おっかねーからな」と。

おいおい、そのあいつのコースを俺に引き継がせることにしたのは誰なんだよ!関わりたくなくても、毎日関わらないとコース引き継げないよ。

続けて言う。
「夜な。ずーと販売所の玄関で灯りもつけずにひとりでボーっと座ってんだ。そして販売所の前を歩いてきた人たちに突っかかっていくんだ。この前なんか、警察沙汰にもなったんだ。だから夜は玄関に来んなよ」とおばちゃんは秘密を話してやってんだゾというような顔で説明した。

その夜、俺はトイレに行くふりして二階から階段のすきまをソーっと覗いた。すると、たしかに祐一は暗いまま、玄関でポツンと座っていた。

あんな奴とどうやって新聞配達コースを引き継げばいいんだ???


翌日から、早朝と夕方、祐一の後を自転車で追った。
祐一は思いのほか親切に教えてくれた。
「ここの佐藤さんと隣の佐藤さん、間違えるなよ。こっちが朝刊のみで向こうが朝夕刊。こっちはスポーツ新聞もだぞ」
「ここは犬がいて、かならず吠えて来るから気をつけろ。噛みつかれそうになったこともあったから」
「沖縄っていいとこだぞ。一回は行ってみろよ」
「沖縄の海って、江の島とか九十九里の海と違って、エメラルドグリーンなんだ」

祐一がホームシックにかかっているなんて信じられなかった。
こんな良い奴が・・・

しかし夕刊の配達で事件は起きた。
16時頃、夕刊の配達も後半に入り、駅前の商店街をさしかかったときだった。


「いま、俺の悪口言っただろう!」

祐一は買い物かごを持った主婦に突っかかっていった。
主婦は何事が起きたのかさっぱり理解できてないようで、ポカンと口を開けるしかなかった。
「俺のことささやいていたのわかってんだぞ!俺が何したっていうんだ!」
祐一はしらばっくれているように見える主婦に声を荒げた。

「祐一!この人は何も言ってない。お前の気のせいだ。落ち着け、とにかく落着け!」

俺は必死に祐一を抑えた。主婦は恐怖のあまり逃げるようにしてその場を去った。
祐一は俺の言葉で仕方なく鞘を納め、自転車をこぎ始めた。


翌日、また今度は別の商店街で買い物をしている主婦に突っかかっていった。
俺は同じように制止する。あいかわらず主婦たちは野蛮なものを見るように遠ざかる。

明後日も、明々後日も・・・
いつも夕刊は気が抜けなかった。
きっと深夜もこのようにして誰彼かまわず突っかかっていってるんだろうな。

すると2週間くらいして、今度は朝刊の最後のほうでも駅に向かう通勤男性に突っかかった。祐一は180cmほどの屈強なガタイで、パンチパーマをかけていたので、そんじょそこらの男でも怯んでしまうので、俺はやりやすかった。祐一を抑えるだけでよかったのだ。


しかし俺は疲れてきた。祐一と一緒にコースを回りたくなくなってきた。毎日が憂鬱だった。

これまで、俺の言うことは一応信じてもらって事なきを得ていたのだが、一度、俺にも突っかかってきたことがあった。
「お前も俺の悪口言ったな!てめえ!」
「俺を信じないのか?」
殴られそうになったが、祐一は拳をおさめた。


ホトホト疲れ切っていた。
でも疲れているのは祐一のほうだろう。そう思うと、祐一が不憫でならなかった。

「おまえ、知ってるだろ?俺は辞めさせられるのか?あのババアおまえに言ってるだろ?」

俺にもわからなかったが、おとなのやることだ。きっと辞めさせられるに違いない。
「聞いてないよ。でもそんなことはないだろ、別のコースに代わるんじゃないの?」と俺は心にもないことを言うしかなかった。


やがてその日はやってきた。
俺がようやくひとりでコースを回れるようになった直後、夕刊を配達中に、新聞社の偉い人が祐一を引き取りにきたそうだ。

俺は祐一に挨拶もできぬままお別れになった。
祐一は沖縄に帰されたのか。でも奴が納得してないことだけは明白だった。


販売所のおばちゃんは明るくなった。
何事もなかったかのように、笑顔満開になった。


おとなって、こんなもんなんだな・・・


あれから三十年。
俺はようやく祐一が自慢していた沖縄に社員旅行で来ていた。
昼からどんちゃん騒ぎをするみんなとひとり離れて、俺はエメラルドグリーンの海を眺めた。



さて、本日は弥生賞。
⑧ワグネリアンを狙う。
良い馬に乗りながらダービージョッキーになれなかった福永祐一騎手。
今年こそはと、意気込んでいるはず。ワグネリアンの母父キングカメハメハがハワイの海から応援している。


(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
◯京成杯 コズミックフォース 2人気2着

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