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なぜお城研究?

実は、2016年に書いていた「ドイツ城郭・城館研究ブログ」で一番読まれた記事は「なぜお城研究?」というタイトルでした。やはり珍しいことをしていると「なぜそれを?」となるのが人の心理なのでしょう。ちょっとこの記事を振り返ってみたいと思います。

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いろんな人からよく聞かれます。「どうしてお城の研究してるの?」と。正直にいうと、「いやぁ、ただ、なんとなく面白いので・・・・」という感じなのですが、それでは納得してもらえないので、自分なりに理由を考えてみました。

きっかけはゼミ発表
子供のころから歴史好きで、ヨーロッパの建物・町並みに憧れを持っていた私は、最初大学でドイツ史を専攻していました。学部2年生のある時、先生が「ドイツ史に関係するものなら何でもいいから発表してください」とおっしゃいました。私は自由な課題を与えられると燃えてしまう人間だったので、何か面白いことをやろうと考えました。その時に選んだテーマがドイツ史におけるお城の発展についてでした。お城というと子供から大人まで好きな人が結構いると思います。しかしそれについて学問的に追及している人はすごく少ないのです。この研究の「穴」に気が付いたとき、人と違うことをするのが大好きな私の心に火が付きました。発表の内容は今思えばひどいものでしたが、先生は「それ、おもしろいね」といってくれました。こうしてすっかりその気になってしまった私は「これが自分の研究対象だ!」と思い込むようになったのです。

なぜドイツ?
ドイツ(およびドイツ語圏)をフィールドにしているのは、偶然です。大学に入学したとき、受験英語に嫌気がさしていた私は、英語を履修せずにドイツ語とフランス語を同時に履修することにしました(やっぱり人と違うことをするのが好きなんだな・・)。最初はどちらも同じペースで勉強して、2年生に進級するとドイツ史のゼミとフランス史のゼミに参加しました。どちらのゼミも、それぞれドイツ語、フランス語の文献をひたすら読むというものでした。しかしフランス史に比べ、ドイツ史のゼミのほうがスパルタだったのです。そういうわけで、しだいにドイツ語学習に割く時間のほうが長くなっていきました。そしてとうとう「ドイツ語をもっと読めるようになるためにドイツへ留学しよう」と決意するに至ったわけです。実際ドイツはそこそこ暮らしやすく、ドイツをフィールドに研究するのが苦にならなかったです。また、ひとくちにドイツのお城といっても、数千もの作例があるため、研究の対象地域を拡大するのは容易ではないという側面もあります。追求すればするほど、奥が深いんですよ。

研究の切り口
お城を対象に研究をするといっても、どのような切り口から研究を行うのかが問題です。実際、これは長年の悩みです。学部時代は歴史学を専攻していましたから、卒業論文では歴史なかでのお城の政治的役割を明らかにしようとしました。卒論のテーマは「中世中期ヴィッテルスバッハ家の城塞政策」です。卒論でやるにはテーマが難しすぎた・・。その後、もうちょっとお城そのものの建築様式についても詳しくなりたい!と思い、修士課程に進学すると同時に研究室を変え、芸術学を専攻することになりました。美術史における建築研究では、これまで教会・聖堂が中心的な対象でした。しかし近年ではお城に関する実証的で学際的な研究がドイツで盛んに行われるようになっており、とても開拓しがいのある分野となっています。自分もこうしたドイツにおける最新の美術史研究の流れにのっていこうとしています。さて、この美術史研究における最新のお城研究とはどのようなものか・・・・簡単にいうと、建築そのものの構造や修復の記録、建設の経緯等を把握したうえで、その事実を歴史的な背景(建設者の政治的意図、宮廷文化の様相などなど)と関連づけたり、建築様式の流れのなかにどのように位置づけられるのかを検討したりします。それによって、「この建築はつまり何?」ということをより明確にしていきます。
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以上が過去の記事です。今思えば、とにかく人と違うことを追求することに関心があって、お城研究はその手段でしかなかったのかなと。留学してまで学んだからにはその分野で日本一になろうと、意地で突き進んだ20代でした。結果としては「ドイツにおける最新の美術史研究の流れにのって」いくことには挫折しておりますが、日本語で紹介されていない情報を体系化した『ドイツ城郭史 無窮の楼閣』を2022年に書き上げたことで色々と報われました。誰も成し遂げていなかったことを形にすることができたので。

謎の呪縛から解き放たれた今、どのような研究をしていこうかと考えているところです。研究には「問い」が必要です。今までは正直に言うと、地位を確立するために無理やり「問いのようなもの」を作って研究実績を重ねてきたかもしれない。それがすごく引っかかっているのです。自分にとって本当の問いは何なのだろうか・・・ということに直視しなくてはならない段階に来ています。

2017年からは美術館の学芸員として勤務しておりますので、正直お城研究は趣味程度になっています。美術館では絵画や彫刻の実物に触れ、それに関連する理論を幅広く学び、さらにそれらについて論文を書いていくことで関心領域が広がっていきました。やってみたい研究、展示の実践は山ほどあります。その中で、建築、とりわけお城の展覧会を実現する・・という構想ももちろん持ち続けています。

お城研究については、前述の歴史学的で実証主義的な研究スタンスはもう変えてしまいたい。それはドイツ人に任せておけばいいのです。政治的な背景などにとらわれずもっと作品そのものを「自分の眼で」直視して、あくまで人間の創造的行為としての城の造形というものを理論化する試みをやってみたい。日頃彫刻のような立体造形に触れていると、もっと早くにこうした取り組みをしておけばよかったと思うわけです。もちろん軍事的、政治的な背景とは切り離せない建築なのですが、もっと自由に、自分独自の観察眼からその造形の面白さを見つけ出していけばいいじゃないか。それが自分にしかできないことなのだから。


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