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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─10─

「ミスミーン、これ!」
リンが笑顔で駆け寄ってきて律儀に年賀状を手渡してくれた。

肌を刺すような空気の冷たさが少しだけ柔らかくなる。

「今年もよろしく」

ちょっぴり照れくさい挨拶で始まる朝も、すぐにいつもの会話となり、
やがて興味もなさそうな地味なあの子や
いつもワルぶっているあの子も
皆が気になるあのイベントの話題になる。

「上手くいくミライ」だけを想像して
時には気重になったり、ワクワクしたりして過ごすバレンタインデーまでの1ヵ月。

「ミスミンはさ、多羽オオバにチョコ渡すん?ウチが呼び出したろか?」

いや、結構ですよと言うつもりだった。

「自分でする!」
思わず口から出てしまった。


リンになど頼んだら大変だ。
人目も気にせず大声で多羽オオバを呼びつけるだろう。

多羽オオバがおリンからもらったと皆に勘違いでもされたら
他の男子からイジメの標的にされるかもしれない。
リンは「学園天国」の歌詞にある、運命の女神様ならぬ小悪魔様だ。

そんな考えが光速で脳裏を駆け巡り思わず言ってしまったものの、
少しだけ後悔していた。

多羽オオバから見た私は
「自分がケガをさせた柄本の隣の席の女子」くらいの認識だろう。
それ以上でもそれ以下でもない。
傍目にはフワフワとした空気のような人間。
それが私だった。


「ウチは吉野くんに渡すねん!」

リンに好かれている幸せな男、吉野は別の中学の子だった。
母親から強制的に行かされている学習塾で知り合った吉野をおリンはたいそう気に入っていて、
吉野の話を聞かない日はないくらいだった。

ただ、吉野はおリンには興味がないのだと同じ塾に通っている別の友達から聞いていた。

リンを袖にする男がいるとは。
なかなか上手くいかないものだ。

何もせずグズグズと迷っているうちに
リンや他の女子たちの熱の渦に巻き込まれ、溺れそうになりながら
日常も私もぐるぐると流れていく。

ヤレソレヤレソレと押されるがままに
その日はやって来た。

***

「ミスミー、呼んできたるからちょっとここで待っててな」


リンに頼れない私は、明里アカリという友達に多羽オオバを呼び出してもらうことにした。

行動力のない私の周りに、おリン明里アカリのような人が集まってくるのはこの頃からだ。

野球部に顔が利く明里アカリは、多羽オオバには全く興味が無く、この役にはうってつけだった。

話したこともない相手をよそのクラスの教室に入って人目を避けて呼び出すなど、私には到底できることではない。


ほんの数分待つ間にも
交代で押し寄せてくる「コイ」「クルナ」が私をワッショイワッショイと押し上げた。


明里アカリが息を切らせて戻ってきた。

「掃除当番終わってから来るってさ。多羽オオバ


そうか、私のチョコは掃除当番に負けたのか。

私も無意識に「上手くいくミライ」だけを想像していた少女のうちの1人に過ぎなかった。


掃除当番を終えてやって来た多羽オオバは、柄本に謝りに来た時と然程変わらないように見えた。


「あの、これ。多羽オオバに」


ガッチリした体に似つかわしく無い小さな声で「ありがとう」と受け取り、足早に去っていった。

「コイ」「クルナ」も居なくなり
私はストンと着地した。


11に続く…


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