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ゴッホの絵を生でみて。

最近、自分のなかでゴッホ愛がすごい。

きっかけは、SOMPO美術館でゴッホの静物画をみたこと。
他の画家の静物画も一緒に展示されていたが、ゴッホはやっぱり個性際立つものだった。

まず目に入るのは、絵の具。
絵の具の存在感がすごい。
写真で見るとわからないものだ。
まるでキャンバスに叩きつけられたような絵の具は、粘土のようにもりもりとしていて、そこからただならぬ精神性を感じる。
色とか構図とかじゃない。
まず彼がどうやって描いたのかが見えてきてしまう。
題材とか絵のテーマよりさきに、ゴッホそのものが見えてくるのだ。
その姿は痛々しいほどの情熱をもっていた。

綺麗な絵、ではないのかもしれない。
でも心がぎゅっと掴まれるような感覚。
ビンビンと発せられる絵のエネルギーに目を惹きつけられた。
綺麗とはなんだという話になるが、彼の作品は美しさを求めていないような気がする。

ただ、ゴッホの魂がそこに生きている。
ゴッホそのものなんじゃないかと思うぐらい生々しい。
それだけなのに、それがどんなにすごいことか、わかる。

そしてずっと眺めていると、初め感じた衝撃も落ち着いていき、その絵がどんどん愛おしくなってくる。
この色合い、好きだなあ。
このアンバランス感がなんかいいんだよなあ。
うまく説明できないけど、好きになってしまうのだ。

胸をナイフで一直線に突き刺してくるような衝撃と、どこか懐かしさを覚える愛らしさを、私は受け取った。

それからゴッホについて色々調べた。
何より彼にまつわる小説や映画がたくさん出ていることはうれしい。
ゴッホを知れるとともに、いい作品にも出会える。


ときどき、ふとゴッホを感じる時がある。
生身の人間としてそこにいるんじゃないかという気配があるのだ。
触れれるかもしれない。
もしかして触れたことがあるから覚えているのかもしれない。

なんて、かなり好きになってしまったんだと思う。
自分でもびっくりしているが、本気で会いたいと思うのだ。
会えるかもしれないという全く根拠のない感覚が、ある。
そして会ったら、私に何ができるだろうといつの間にか妄想を広げているのだ。

きっと、今を生きてる現代人のなかに、わたしと同じような人いるんじゃないだろうか。
ゴッホってそのぐらいすごい人だから。
死んでもなお、私たちのこころの中で生きている気がする。

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