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落語と広重で歳時記もどき

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季節の噺と名所江戸百景に手伝ってもらいながら二十四節気を辿ります。旧暦の正月に合わせ大寒より始まる一年です。
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記事一覧

質屋庫

   ― 大寒の頃 ―

若い人の間で着物が流行っているらしい。アンティークを新しい感性で自由に、または逆に古式ゆかしく、と楽しんでいらっしゃるようだ。また、外国の方々も興味を持って下さっているやに聞く。誠に喜ばしい。そこで、そんな皆様(とりあえず女性)に、最もコストパフォーマンスが優秀なものを紹介しよう。外国からの旅行者の場合、お土産としても相当に点数が高いと自負している。
それは、男物の紋付の

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お血脈

― 立春の頃 ―

節分は季節の分かれ目だから、春夏秋冬すべてにある。その中で立春の前だけ残っているのは、おそらく昔の人が一年の初めと捉えていたせいだろう。当時の正月はみんなで一斉に歳をとる節目であって、不定期な陰暦ではしっくりしなかったのではあるまいか。そうなれば前日の節分は大晦日と同じ意味を持ってくる。
一年の禍を消して新しい年を迎えたいのは人情だ。豆をぶつけて歳の変り目に入り込む魔(ま)を滅

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紋三郎稲荷

   ― 雨水の頃 ―

 気になり引っ掛かっていても、今さら人には訊きにくいことがある。私の場合は干支だった。十干と十二支の組み合わせだとは知っていたものの、なぜ干支を「えと」と読むのだろう? なぜ十と十二の組み合わせが百二十ではなく六十なのだろう? と文理両面(たんに国語と算数ですね)に渡って我が身の浅学を象徴していたのである。それが最近になってやっと分かった。干支は本来「かんし」と読み、「え

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雛鍔

   ― 啓蟄の頃 ―

初めて寄席や落語会に行った方がよく仰るのは、「なぜ噺家さんはキョロキョロするんですか? 」だ。なかには明らかに怪しんでいて、「……ついハンドバッグを隠しました」などと言う方もある。挙動不審な人が多いのは否定できないものの、物色しているとしたらハンドバッグより持っている女性本体のほうだと思うし、それ以前に左右を見ているのは上手と下手にいる人を演じ分けているのだ。ご安心いただ

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青菜

   ― 春分の頃 ―

落語界に入門が許されると、師匠が名前を付けてくれる。前座名という奴で、私は「勝好」をいただいた。やがて二ッ目となり、師匠が名前は自分で考えるようにと言ってくださったので、三升家伝統の「勝」の字に菜を添えて「勝菜」とした(その後、前述の「う勝」に変更)。
郷里千葉県の花でずっと身近にあり、素朴な明るさが好きだったからだ。
菜の花は一冬越して董が立ってから花を咲かすというので

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長屋の花見

   ― 清明の頃 ―

角界と落語界は、歴史と身体の重みはとても比べ様がないけれど、興行形態が整ってからの在り様は似ている。師弟関係、一門の括り、階級による序列、伝統と興行の相克、等々で親近感を覚えるのか、相撲好きの噺家は多い。
一方、角界と大きく違う点といえば、落語界は階級が下がらないこと、そして協会から支給される給料に階級差がないこと(0円)、であろうか。稀に真打昇進問題への批判で、「真打は

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道灌

  ― 穀雨の頃 ―

釣りは鮒に始まって鮒に終ると言う。それを落語界に当て嵌めるなら、おそらく鮒は「道灌」になるだろう。
入門して最初に教わる噺の第一位は、文句なく道灌である。できない噺家はいても、知らない噺家はいない。昔からそうだったようで、伝説の名人「黒門町」こと八代目桂文楽師匠(私の師匠の師匠の師匠)も、それしか教えてもらえず毎日やっていたため、「道灌小僧」と仇名されたと伝わる。
八つぁん

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