真っ白のメイさん

 小説や漫画・アニメ、それにゲームなどの創作の世界では、黒猫は良く見かけるが、白猫はあまり見かけない印象がある。でも、私が出会った猫たちは逆で、黒猫とはあまり出会わなかったが、白猫とはちょくちょく縁があった。ミー達の中にも白猫はいたが、黒猫はいなかった。そういう血統だっただけなのかもしれないけど。

 余所の猫でも黒猫にはあまり縁は無かった。その代わりといったら変な話だが、白猫には縁があった。その中のひとりが、真っ白な短毛種のメイさんだ。

 メイさんと会ったのは、大学3年の頃だったと思う。私は実家から車で1時間半ほどの距離にある大学に進学すると、家を出てアパートを借りた。通えない距離ではないが、一人暮らしをしたいというのが大きかった。

 小学生に入る前から、なんやかんやで猫が近くにいる生活を送っていたのだが、ここでふっつりその縁が途切れた。その頃の私は、たまに帰省した時にミー達の事を思い出す程度になっていた。

 アパートの裏手には、洗濯物を干したり、自転車やバイクを置ける程度のスペースがあったのだが、ある日、そこに置いてある原付の一台のナンバーが、実家の地域のナンバーであることに気が付いた。

 あれ、地元が一緒の人が住んでるのかな? と気づき、以来、どんな人なんだろうと少し気にかけていた。そうこうしているうちに、原付の持ち主とばったり顔を合わせ、私は思わず声をかけた。

 声をかけた相手は、同じ大学の1学年先輩だった。体育会系出身のスラッとした体躯に、瓜実顔でげっ歯類を思わせる印象のクリっとした目を持つ快活な女性で、出身高校は違うものの、やはり同じ市内出身だった。私はすぐに先輩と仲良くなり、お互いの部屋に遊びに行ったり、ご飯をご一緒したりするようになった。

 この先輩には2歳年下の妹がおり、妹君は同じ市内にある別の短大に、実家から電車で通っていた。良く先輩の家に泊りに来ていたので、その縁で私とも仲良くなった。妹君は先輩とは異なり、線が細くて儚げなタヌキ顔だったのだが、見た目に反していろいろな無茶をしれっとこなす自由奔放な女性だった。先輩は、ザ・長女とでもいうようなしっかりした性格だったので、姉妹の性格の違いは感心してしまうくらいメリハリが効いていた。

 そのため、「なぜ、姉妹なのに姉は下宿で妹は通いなのか?」と先輩に聞いたところ、「妹はいろいろ無鉄砲で危なっかしいから一人暮らしの許可が降りなかった」という答えを貰っても、さもありなん、と、すぐに納得する程だった。

 そんな妹君から、ある日、電話があった。また遊びに連れて行ってくれというお誘いかと思ったのだが予想とは異なり、車で家まで送って欲しいとの事だった。当時、車の免許を取り立てだった私は、ちょくちょく実家から親の車を借りてきてはドライブに繰り出していた。妹君はその事を知っていたので声をかけてきたのだろう。

 車に乗りたい盛りだった私は、二つ返事で承諾したのだけれども、不思議に思ってその理由も聞いた。すると、意外な答えが返って来た。

 妹君は、駅前の広場で仔猫の里親を探しているのを見かけ、衝動的に持ち帰りたくなったのだそうだ。立ち止まって迷っていたが、ふと、周りを見ると同じように迷っている様子のライバル(妹君視点)が複数いる様子。奴ら目に先を越されるわけにはゆかぬ、と、名乗りを上げ、猫を貰ったそうだ。しかし、電車に乗せるわけにもいかずに困っていたところ、私の事を思い出して連絡をしてきた、との事だった。

 駅前に迎えに行ってみると、段ボール箱を手にした妹君がいた。箱の中には、全身真っ白な仔猫が、アイスブルーの瞳をパッチリ開いて不安そうに見上げていた。その傍には、一緒にもらい受けたというキャットフードのレトルトパウチがいくつか入っている。

 久しぶりに目の前で見る「猫」は、思いのほか可愛く思えた。早速私は妹君と仔猫を乗せ、先輩一家の実家へと送り届けた。恐らく、妹君は実家の方々や先輩には猫の事は相談していないだろう。下宿へととんぼ返りする道中、先輩一家に同情をしつつも、うまく飼って貰えますように、と妹君と白猫の事を祈った。

 この白猫は、「メイ」と名付けられ、首尾よく飼われる事が決まった。その知らせは妹君よりも早く先輩から届けられたのだが、その後妹君からも連絡があり、お礼と称してご飯を食べに連れていかれた。

 その後も先輩や妹君とは仲良くさせて貰っていたのだが、ある日、メイさんを5日間預かって欲しいと頼まれた。先輩一家で海外に家族旅行に行くことになったのだが、メイさんを連れて行くわけにはいかない。5日と言えばそこそこな期間なのでご近所に頼むには気が引ける。そこで、猫慣れした手ごろな隣人として、私に白羽の矢が立ったというわけである。

 私としても、なんやかんやで先輩のご両親とも顔なじみになってしまっていた事もあり、断る理由も見つからない。何より、久しぶりの猫が傍にいる生活というのは楽しみだった。

 何カ月ぶりかに再会したメイさんは、すっかり大きくなっていた。妹君により付けられた朱色の首輪も良く似合い、すらっとした美猫に成長している。先輩の家から持ち込んだ猫トイレやお皿と一緒に私の下宿にお招きすると、しばらく不安そうに周りの匂いを嗅ぎまわっていたが、そのうち落ち着いてごろりと横になってくれた。

 だが、首尾よくメイさんを預かったとはいえ、私も学校やバイト等で部屋を空けなくてはならない。預かったはずが、逆にメイさんに留守番をして貰っているような状態になったのだが、2日目の夜にバイトから帰ってくると、部屋にはメイさんが見当たらなかった。

 えっ! と思い、ワンルームの部屋中を探したのだが見当たらない。キッチンやユニットバスの方も探したが見当たらない。これはまずい。預かったのに家出をされてしまったのだろうか。先輩や妹君に申し訳ないと思い、蒼くなっていたところ、クローゼットの中からがさりと音がした。

 中を開けてみると、メイさんが、ぐちゃぐちゃになった服の真ん中で不思議そうにこちらを見上げていた。どうやら隙間から入り込んで大はしゃぎし、そのまま疲れて眠ってしまっていたらしい。

 その後は何のトラブルもなく、無事に5日間をメイさんと一緒に過ごした。部屋にいる時はバイト帰りに購入してきた猫じゃらしを手に、メイさんに散々遊んでもらった。おかげで先輩の家にメイさんを返した際には、「なんか逞しくなってる気がするんだけど?」と言われたが、気のせいじゃない? いい子にしてたよ。と、とぼけなくてはいけない程だった。

 先輩が大学を卒業してからは、2人とはあまり連絡を取らなくなり、たまに手紙やメールをやりとりするくらいになった。先輩からの知らせで、先輩は他県の研究職に就職してバリバリと仕事をし、妹君は短大卒業後に四大に編入試験を受けて入学し、そこのゼミで知り合った院生と学生結婚した事を聞いた。その知らせを貰った時は、猫に負けず劣らず、自由奔放な妹君らしいなあ、と思わず笑ってしまった。

 地元を離れ、猫と離れていた時期に、妙なご縁で知り合った地元の先輩と白い猫。縁って、不思議な物だなあ、と気づかせてくれたのが、先輩姉妹と真っ白短毛のメイさんなのでした。


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