ストーカー猫ニャオン

 私にとってミー達は、どちらかというと「祖母の猫」という印象だった。初めて「私の猫」と意識した猫は、社会人になってから我が家に迷い込んできた一匹の猫だった。それがニャオンである。

 ニャオンと出会ったのは、社会人になってから3~4年経ったころだと思う。大学を卒業し、地元の会社に就職した私は、実家に戻っていた。しばらくは猫とは縁もなく過ごしていたのだが、ある日、一匹の猫が我が家に迷い込んだ。

 そのキジトラ模様の猫は、必要以上にビクビクしながらも、必要以上にニャーニャーと鳴く猫だった。近付くと尻込みして手の届かない場所に行くくせに、少し離れるとまたこちらを探してはニャーニャーとアピールする。辛抱強く手を差し出して話しかけ、やっと近付いてくるまでに結構な時間がかかった。

 一度撫でてあげると、すっかり警戒心が消えたらしく、今度はどこへ行っても付いてきてはニャーニャー鳴いた。お腹が空いているのかな? と思い、冷蔵庫から黒はんぺんを探して差し出してみると、もの凄い勢いで平らげた。それは惚れ惚れする程の食べっぷりだった。

 その後もキジトラの猫は、我が家に出入りしてはニャーニャーと鳴いた。祖母が他界してからは、誰も猫に餌をあげる事はしていなかったのだけれども、私はキジトラを見かけた時には、なにかしらの餌をあげていた。そのうち、キャットフードを購入し、庭の一角にキジトラ専用のお皿を置く場所を定め、朝・晩と定期的に餌をあげるようになった。キジトラもその事が理解できたらしく、その時間になるとひょっこりとどこからか現れるようになった。

 このキジトラを飼っていたのか、と言われると、微妙だ。私の猫づきあいのベースは、ミー達との付かず離れずの関係からなってる。そのため、「飼う」というよりは「いる」という関係が「普通」だった。それに、キジトラは仔猫ではなく、既にそこそこの大きさだったので、首輪を付けてうちに縛り付けるというのは、なんとなく可哀想という気持ちもあったのだ。餌は上げるが、去りたい時には自由に去ってくれて構わない。そんな気持ちで接していた。

 しかし、キジトラの方はそうではなかったようだった。とんでもない甘えたで、私を見かければすぐに寄って来るようになった。そのうち、私が家に入っても、出待ちまでするようになったのだ。

 身支度をし、さて、出かけるかと玄関を開けると、そこにはキジトラが待ち構えている。うっかり一歩目を踏み出すと、そのまま踏んでしまうような場所に堂々と寝そべったまま顔を上げ、ニャーニャーとアピールするのだ。

 帰宅して玄関に向かっても、どこからかキジトラが駆け寄って来る。さらに、うちには母屋と私の部屋である離れ、そして、父親の仕事場の3棟の建物があったのだが、私がどこかの建物に入ると、スッと現れ、その建物の玄関でじっと座っているのだ。ちょっとしたストーカーである。母親からは、「あの猫を見れば、あんたがどの建物にいるかが解る」とまで言われる始末であった。

 ここまでされると、私も考えを改めざるを得ない。キジトラに名前を付け、準・飼い猫として付き合う事にした。名前は「ミー」達からあやかって、「ニャオン」とした。そしてニャオンとなったキジトラを獣医さんへと連れて行き、ひと通りの検査に予防接種・ノミ取り薬などの処置をして貰った。ただ、去勢や首輪は、猫の自由さを奪ってしまうと可哀想かな、と思ってしないままだった。

 準・飼い猫となってもニャオンのストーキング行為は絶好調であり、相変わらず出待ちを行い、部屋に入れれば速攻で膝の上に陣取る。トイレにまで付いてきたがる徹底ぶりで、少々煩いと思う程だった。

 だが、そんなニャオンにある日、変化が起きた。いつものように庭の一角に置いてあるお皿にカリカリを入れたところ、すぐに食べずに何やらソワソワしている。お腹が空いていないのかな? と思い、その場を離れて部屋に入ったのだが、外から何やらいつもと違うニャオンの声が聞こえた。

 何だろう? と窓から覗いた私に、衝撃が走った。なんと、ニャオンはどこからか別の猫を呼び込み、その猫に餌をあげていたのだ。そう、ガールフレンドに自分の餌を分け与えていたのである。

 その時の私の感情は、「うちのニャオン君をたぶらかす泥棒猫が現われた!」という気持ちだった。ニャオンの事を、「好かれ過ぎてちょっと煩い」と思っていたくせに、いざ、ニャオンが他の雌猫に夢中という事実を見せつけられると、嫉妬する気持ちが湧いてくる。猫に嫉妬とはアホか私は、と思いつつ、私はニャオン達の元に出て行った。

 汚らわしい泥棒猫(私視点)は、私の姿を見て、さっと逃げ出した。どうやら野良のお嬢さんらしい。ニャオンはと言えば、彼女を少し追おうとしたのだけれども、私の姿を見つけると、困ったような顔で立ち止まっていた。その煮え切らない態度が、ますます私の嫉妬心を刺激した。「私とあの泥棒猫、どっちを取るのよ!」といった所である。

 その後冷静になった私は、ニャオンの日々の食事を少し多めに入れるようになった。ニャオンは相変わらずストーキング行為を繰り返していたのだけれども、食事の時には、あの彼女を呼んでいるようだった。雌猫の方は相変わらず私には近付かなかったが、姿を見せても逃げなくなる程度にはなっていた。

 このまま2匹が居つくことになるのかな、と思っていた矢先のある日、ニャオンが少々大き目の怪我をして帰って来た。うちのご近所はノラ猫の縄張り争いがそこそこ激しく、今までも喧嘩をして、ちょっとしたはげを作ってきたりはしていたのだけれども、今回は派手にやられて帰って来たようだった。ひょっとしたら、縄張り争いではなく、あの雌猫を取り合ったのかもしれない。

 ニャオン、大丈夫か? と話しかけて撫でてあげると、いつもより恥ずかしそうに、にゃあと鳴いた。そしてその晩、ニャオンはいなくなった。

 ニャオンと共に、あの雌猫もいなくなった。いつものお皿にカリカリを入れてみても、姿を現さずに残ったままだ。無くなっている! と思って駆け寄ってみても、どこかの野良猫がさっと逃げ出す姿が見えてがっかりするばかりだった。

 結局、ニャオンは帰ってこなかった。

 縄張り争いに負けて、どこかへと去ってしまったのだろうか。それとも、私に見られたくない姿を見られて、あの甘えたのニャオンでさえも旅立つ決意をするに至ったのだろうか。

 たくさんのミー達と出会い、別れてきて、「猫は去るもの」という事を実体験としても分っているつもりの私だが、ニャオンに関しては今でも少し未練がある。あの時、私がニャオンの事を見ないふりをしてあげていたら、喧嘩に加勢をしてあげていたら、もう少し長くニャオンと一緒に暮らせたかもしれない。首輪を付けて、屋内で飼ってあげていたら、そんな事も考えてしまう。

 でも、それは誇り高きねこにとっては、無用な扱いかもしれない。

 玄関を開け、まず最初に、出待ちしているニャオンを踏まないように探す必要はなくなったのだけれども、それは寂しいことでもあった。

 実はニャオンは、今でも私のTwitterアイコンの画像になっている。初めての「私の猫」であり、いろいろな意味で思い出深い猫。それが甘えたのストーカーで、誇り高きニャオンなのでした。


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Ume YOSHIOKA

気付いた時には既に猫

今まで出会った猫たちの事をつらつらと
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