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短編小説その③

夏は夜と言った昔の有名な人。貴方は遙か彼方の昔から今の私と共感してくる。夏は夜が至高。ある人が言っていた。夜が不安なのは仕方ない。とてつもない昔、人間が自給自足生活をしていた頃に身についた夜が不安という心は本能的なものであると。だとしたら、私はこの地球に根ざした生物ではないのかも。夜になるとウキウキする。夜になると一人だけど、紺碧の空が優しく包み込んでくれて幸せな気持ちになる。特に夏の夜は、何も持たないで、服と少しで良い。一番産まれた時に近い形で夜を感じれる。優しい夏の大三角が微笑み、何も持つ必要は無いと思わせる。と、空だけを見ていたら思うのだ。

 ふと下を見ると、そこはコンクリートで舗装された道だ。つまんないの。土が良かったなぁ。っていうと、土だと雨が降った時とか大変だったんだよって昔を知ってる人に言われた。へぇ。じゃあ苔を生やせば良いじゃん!?そんな単純な話じゃ無いのはわかっている。わかっているけど、私の住んでいる都心の世界はあまりにも無機質になってしまった。さっき夏の大三角形が優しく微笑むと言ったがそれは妄想だ。せいぜい電柱が頭のすぐ近いところで鎮座しているくらいである。明るすぎて星が見えないのは本当だ。

 世の中便利に便利にとなんでも無機質にしていく。その様を見て本能的に悲しくなる心はないだろうか。私は夜が怖い本能は身に付けてないが、自然を顧みる本能は大いに身につけている。これも自給自足時代の賜物か。だとしたら、本能側も現代に絆されているんだろうな。だって明るすぎて、星の見えない夜しか私は知らない。そんなやつだ。山の夜なんて迷ったら怖いと思う。ちゃんと怖い。

自分は何か違うと思うことも、突き詰めれば自分は何もかも人間と変わらない。

人間って大したことないな。夜の街を散歩しよう。

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