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詩集

59
これから追加されるとしたらすべて新作です。
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#恋愛

菖蒲と日傘

こんなにも穏やかで こんなにも静かに親しい気持ちで 君と会っている 菖蒲の花が咲く公園で 君は白い日傘を閉じる 少し前には考えられなかった 二人がこうして笑顔で向き合えるなんて 互いに目を見て語り合えるなんて 髪型の変化に気付いたり 服装を褒めたり 今更驚くようなことを二人で口にしている 菖蒲の花を見て綺麗だねなんて 同時に声が揃うこともある 出会ったばかりの頃は当たり前だったのに 忘れていたよ 好きだった頃の呼吸 夢中だった頃の歩調 最後は喧嘩ばかりだったから 激

君に触れたくても

君に触れたくても 手を伸ばすのには勇気がいります 手を差し出しては頭を掻いて これで九回目の溜め息です 怪訝そうな顔の君に少しおののいています あまり遠慮深いのも男らしくないから 思いきって振られに向かいます 君の顔をちらりと伺ったら さっきよりも怖い顔で睨んでいます 君に触れたい もう少し二人の仲を進めたい 手を握りたい 君の柔らかそうなその手を ああ 恋愛とは心の読み合いだなんて いったい誰の言葉だよ マウントの取り合い そんな言葉を君との間で使いたくないん

それがあなただもの

無精髭を生やして それでいて襟付きのシャツを小綺麗に着て いい歳をしてアルバイトの身分で それでいていつも余裕のあるような顔をして あなたはいったいどういう人なの こっちも思わず笑ってしまう下ネタのあと 詩のようにうっとりする言葉を話し 国内政治の話題には乗っからず それでいて世界の情勢には詳しい あなたの頭の中はどうなっているの あなたは詐欺師でしょう そうでなければ稀代の人たらし 美味しい店を知っていて 店の人ともすぐに仲良くなって 支払いのときはちゃっかり私に頭を下げて

爛れた関係

ただならぬ関係を結ぼうと彼に言われて ただれた男女関係を想像した私は恥ずかしくなる ただならぬ関係とは 通常の範囲を超えた関係 ならば彼は私に何を求めているのか 取り澄ました顔なんてしなくていいから もっと自分の気持ちに素直になれよ そんな台詞を余裕ぶった顔で言われると無性に腹が立つ そんな台詞を言われる私は軽んじられているに違いない そんな彼に好意を持っていることを先に知られてしまった私の これは落ち度だ 爛れた関係とは 不道徳であることを承知で 情欲を何よりも優先

一方通行の愛

一方通行の愛 それはせつない 返事の来ない手紙 かかってこない電話 素知らぬふり 恋の相談を受ける側 開けられないプレゼント 合わぬ視線 水溜りに落ちる視線 渡せないチケット 風に破るチケット もう過去の人 本の中の人 レコードの中の人 あの口づけは何だったのか 徒労でも満足 ひとりよがり 瞳に残る面影 SNSは見ない 好きな人が出来たよ まだいたんだ 歯痒い 届かない指 回せない腕 マフラーの端をつかむ それでも幸せ 完結しない永遠 自分で噛んだマニキュアの傷 姿を見つけて

狼男のバレンタインデー

チョコが貰えないのは分かっているから 今日は真っ直ぐ家に帰るよ いつまでも学校に残っていたりしない 寄り道をして街をうろついたりもしない 今日に限って女なんていらないと思っている そんな俺って孤独な狼みたいでカッコいいだろ だけど視界の隅にあの子が入ると 手のひらに箱を持っているんじゃないかと思って こっそり息を止めている 会いたいってどうして思うんだろうな 話したいってどうして思うんだろう バレンタインが来る前に さっさと告白すればよかったんだ さっさとこの日が来る前

愛され過ぎだろ俺

親友のあいつに恋人ができたのはいいのだが 二人でデートをすればいいのに どうして俺を誘うかな どうして三人でなければダメなのかな 親友のあいつに知り合いの女の子を紹介したのはたしかに俺だが 食事は二人ですればいいのに どうして俺をランチに呼ぶかな どうして三人で食わなければならないのかな おまえがいると彼女と話が弾むんだよ とか あなたがいるときの彼が一番リラックスしていて楽しいの とか言うけど 何か間違ってないか 絶対に間違っているよな? だからさ そうやってときどき二

今朝の雨

雨の音で目覚める朝を幸運に思い 窓を細く開けて寝そべりながら耳を寄せる どんな擬音語も嘘になるが敢えて言うなら今朝の雨はしとしと ひっきりなしに続く柔らかな打音の向こうに静かな広がりを感じるしとしと 心地いい風が顔にあたり素肌をひんやりとさます 雨樋を走る流水は今朝の通奏低音 鳥たち虫たちはどこで雨をやり過ごしているのか すべての雨音を拾いたい 耳を聾さんばかりの激しい土砂降りの雨も まったくの無音で気付けば肩口を濡らす霧雨も 私の心を穏やかにさせる 誰かを思うなら こ

ともしびを放す

シャツの胸ポケットに蛍が一匹 偶然に迷い込んでいた ぼくにもたらされた小さなともしびは 不意に切ない感情を呼び寄せた 橋にもたれて水の匂いを吸い込む 暗い闇のほとりに蛍が飛び交い 恋人を探し求めてる ぼくのポケットには小さなともしびが はぐれたようにぽつんと残されて 強く光って恋の炎を燃やしていた 孤独には慣れている これまでもぼくは一人で生きてきたから 君の優しさを忘れよう 君の思い出に痛みを混ぜたままにして 恋愛は難しい こんなにも好きが苦しいものとは知らず ぼくは

情欲

借りていた本を返したい そんな連絡が君から入っていた そしてぼくは会いに行った 人目を忍ぶような場所を指定して 別れる前にぼくが貸した恋愛小説は 過去の切ない恋愛を二人が乗り越える話だった 悔しさに涙を流す中盤 喜びの涙に変わる終盤 私たちと真逆だったねという君の言葉を このときは軽く受け流したけど ぼくたちは付き合っていた頃のように 本の感想を披露し合った テーブルの上にある弱々しいランプの明かりを挟んで見つめ合った お互いのSNSを見せ合って それぞれ新しい彼氏彼女と

君のすべてを見たい

君は真っ暗闇の中で下着一枚になったことをぼくに告げた 素直に嬉しい気持ちを伝えてはみたけれど 本当は君のすべてを見たい ラブホテルに入れば あらゆる明かりを君が塞ぎ回るのはいつものこと 大画面のテレビを消してスロットマシンの電源プラグを抜く ベッドの操作パネルを毛布で覆い非常口の誘導灯をタオルで隠す ポチっと光る壁のスイッチはその前に洋服まで吊るす念の入れよう わずかな光源も見逃さない君には感心するよ おいでとそばに抱き寄せたのはいいけれど 本当は君のすべてを見たい 君

キスの勇気

女の子に初めてキスをするときって それはそれはたいへんな勇気が必要なんだけど 女の子はそのことを分かってくれているのかなあ 女の子って存在自体がすでにぼくのキャパを超えていて そばに近寄るだけで体がガチガチに緊張して そこからさらに顔をグッと近づけなきゃならなくて このとき息をしていいのか止めた方がいいのか いっそのこと息を吸いながら近づいていった方がいいのか 分かってくれているのかなあこっちは心臓が爆発しそうだってこと 告白もたいへんな勇気が必要だよ 頑張って良いお友達