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詩集

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これから追加されるとしたらすべて新作です。
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#現代詩

婚約者を連れて

婚約者を連れて 故郷の町を案内した ここがぼくの通った小学校 校舎は建て替えられたけど この坂道を六年間歩いたんだ ここはぼくが通った中学校 この道は三年間自転車で 部活のランニングもこの道だった 車を減速させて助手席に座る彼女に説明していたら 通学路を歩いているあの頃の自分が一瞬見えた気がして 懐かしさにひとり浮かれていないだろうか 心配になって君の顔をそっと見てみる こっそりと初恋を思い出していたこともバレていないみたいだ 冷たいものでも飲もうよ 罪滅ぼしのつもり

治癒する場所

浅瀬から徐々に体を沈めていくように ここの通路は降りていくほど深くなる暗くなる ここはそういう水族館 いくつも笑顔を使い分け八方美人と噂され 本当の評価と単なる自惚れが分からなくなったときに訪れる場所 自分の嘘に傷ついて相手の嘘に救われて 呆れるほど身勝手だった自分を責めたいときに訪れる場所 入水する気持ちと生まれる前に戻りたい気持ちが混じり合い 自分は藻屑よりはましな命の欠片だと信じられる ここはそういう水族館 素直さを利用され正直さで損をして 信頼と誠実が胡散臭い

文学少女

いつも図書館で見かけていた女の子を 最近町の本屋でも見かけるんだ もしかして彼女は本物の文学少女 図書館では分厚い四段組の字ばかりの本 世界と国内の文学全集ばかり もう確信した彼女は本物の文学少女 本屋でもほらやっぱり文庫のコーナー ラノベでもなくコミックでもなく純文学の棚の前で 彼女は姿勢正しく文庫に目を落としている そして今ぼくの隣で福永武彦を検分して読み始めているんだ こんなに近くに文学少女がいるなんてどきどきするよ ぼくの行くところによく居合わせるから 近頃は意

二十世紀の街角で

誰かが言っていた 新宿は田舎者が集まるところだって なるほどだからここに来るとぼくはほっとするのか 確かにぼくの服装はダサい それでも丸井でDCブランドを物色したっていいじゃないか 値札をちらっと見れば自分には縁がない場所だって納得はするけど  独りでいることが当たり前だった  すべて独りで行動していた やっぱり紀伊国屋書店がぼくの行くところなのだ 外からエスカレーターで二階へ上がり 文芸書のコーナーに入り浸る 新刊の平積みを見れば世の中の先端が分かった気になり ハヤ

詩人じゃない男

詩人じゃない男が図書館で『詩人と女たち』に出会った 詩人じゃない男は最初の書き出しだけを読んでやめるつもりだった 立ったまま数ページを読んだらそのつもりだったことを忘れ 座り込んで上巻を半分ほど読んだら時間が経つことを忘れ ついには一冊を読み切るとその足で本屋に行って上下巻を買い求めた 詩人じゃない男は作者のブコウスキーより若かった 詩人じゃない男は主人公のチナスキーより女性にもてなかった 男は今まで以上に女性に積極的になることにした 酒も飲まず女性を金で買うようなこともせ