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『零式』著者あとがき


2007年1月に刊行された『零式』のあとがき。
当時、左巻キを書いたあと、株で全財産を失いホームレス状態だった。
文中に出てくる家を貸してくれたSくんは、佐藤友哉先生である。
ちなみに著者近影撮影は滝本竜彦先生。


 

 まずは読者の皆様に刊行が遅れたことを平身低頭お詫び致したい。まじで。
 この『零式』は、SFマガジン誌に一五〇枚ほどの中篇として前後篇に分けて掲載された作品であり、本書はそれを元にした長篇です。当時、塩澤編集長から長篇の話を頂いたときには「一五〇枚すでにあるのだから、すぐに完成するだろう」と高をくくっていたのですが、蓋を開けてみれば完成させるのに一年以上かかり、三倍の長さに……気づくと家も住所も金もなかった。
 だいたいのことには慣れるので、今は住所不定を楽しんでいますが、一時的にいろんな意味で危険な状態だったような気がします。しかし窮地は、借金と知恵と運でなんとか乗り切れるものです。楽しめれば勝てる。無理なら死ぬだけ。問題なし。
 そのようなわけでなんとか完成させることができた本書は、かなり混沌とした作品に仕上がっています。ジャンルとしては改変歴史ものになるのでしょうか。中篇は一言でいうなら「少女がバイクで街から出る話」だったのに対し、長篇は一言で説明が難しい。なぜこんなに変化してしまったのかというと、新しい世代から見た戦後というものを考えたときに、米国に関する考察が必須となり、さらにそれを考えた結果、9・11が大きく関わってきた。あの事件に関して、多くの日本人はどこかやはり他人事であったのではないだろうか。だがもし、日本人がかつて米国本土に特攻していたらどうか? それでも他人事だと思っただろうか? 米国本土特攻――これは荒唐無稽な想像だが、特攻ならぬ爆撃作戦は戦時中、確かに存在した。Z機計画と呼ばれるそれは、巨大爆撃機《富獄》で米国本土を焼き尽くすという作戦だった。
 改変歴史ものの多くは産業革命以降の文明を問い直すというテーマによって書かれているが、冷戦の恐怖を刺激した『一九八四年』以外は社会的影響力を持つまでに到らなかった、それは以下のような理由なのではないか――つまり、改変歴史ものは現実を多角的に見るための方法の一つなのだが、今現在、大きな政治的影響力があるにもかかわらず、人が無意識下に抑圧しているものが題材でなければ、その力を充分に発揮できないのではなかろうか。
 それに加えて、ヤンキー的パトリオティズムの奇妙さ、ミステリ的構造トリック、SF的センスオブワンダー……そういったものを入れていくと本書が完成する。ここまで書いておもったのですが、まったくわけがわからない。いま、本当はおまえそんなことひとつも考えねーだろという、もうひとりの自分の激しい突っ込みがはいっております。
 誤解されたくないので書いておきますが、これは反米を助長したり、特定の思想や主義を批判/肯定する目的で書かれたものではありません。というかむしろ単なる青春娯楽作品として素直に楽しんで貰いたい。ただの成長物語です。
 執筆ラストにはリアル・フィクション恒例の「執筆中に吐く」に加えて「執筆中に泣く」「執筆中に禿げ」状況となりましたが、ゲロと血と汗と涙はどうでもいいので髪は返して欲しいものです。スキンヘッドの日は近い。あと、今回は執筆中「どーーーん!!!」という轟音とともに隣の家に雷が落ち、とばっちりでフロと電話とテレビとパソコンが壊れました。近所に住む画家の老人にその話をすると
「それはフォルテッシモだな! フォルテッシモ! 君はフォルテッシモを体得したな!」
と昂奮した口調で肩を叩かれました。こないだその老人の家に遊びに行こうとして携帯に電話したら「いま死体が転がっとるから来るな!」と言われ、ギャグなのか単なる事実なのかどうか判断に苦しみました。転がっているのが本人の死体だったらイイ感じに面白かったのですが、先日、もの凄いハイテンションで元気に会話しているのを商店街で見かけました。残念です。でも話している相手が柴犬でした。
 塩澤編集長先生には大変苦労をおかけしました。「塩澤さぁん、ここがわからないんすよぉ~」「突っ込んでいって殺すんですよ」「どうやってすか?」「すごい力で」「それだ!」という緻密かつ繊細な打ち合わせを重ねまくり本書は完成しました。巻末で作家が編集者に感謝してるのなんかウソくせえぜ! と思っていましたがマジでリスペクト&サンクスの念が絶えません。本書の表紙を描いてくれた前田浩孝先生、中篇版のイラストを描いてくれたコヤマシゲト先生、営業、流通のみなさま、名前は挙げられませんが他社編集者の皆様。部屋を貸してくれたS君。問題児をあたたかく見守ってくれてありがとうございます(また問題作を書いた気がしますが、気のせいです)。お金を貸して下さい。
読者の皆様、最初にデビュー作を書いてから三年経過してしまった。三年は長いので、もう忘れられているかも知れませんが、誰かがこれを見つけてくれたら嬉しい。君と出会ったらそれは運命。千円ください。
 本書が皆様にとっての聖書となることを願い―― God speed you

(2007年1月)


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