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還付金詐欺の詐欺師くん

過去に書いた記事をリライトしました。
「数年前の実話」に基づいたエッセイです。

「○○市役所保険年金課の岡本です。昨年 10月にお送りした書類の確認のお電話です。年金制度が改正されたことはご存知ですか?」
早口の男性の言葉がうまく聞き取れなくて、私は少し動揺して、間違えて聞き返してしまった。
「⋯⋯は? えっと⋯⋯すいません。もう一度お名前、お聞きしてもいいですか? えっと⋯⋯○○郵便局の何という方ですか?」

「はい、わたくし、○○郵便局郵便配送課の沢田です」
すると相手は「市役所」を「郵便局」に、「岡本」を「沢田」に代えて平然と、そう名乗った。さすがに気付いた私は、思わず吹き出してしまう。
「⋯⋯(笑)あの、最初、○○市役所とおっしゃいましたよね?(笑)」

男性は途端に態度を豹変させ、怒気をはらんで一気にまくしたてた。
「はい、そうですよ? あなたが日本語もわからないような程度の低い人だから、そっちのレベルに合わせてあげたんですよ。自分の落ち度を棚に上げて、何を言ってるんですか? バカなんですか? いい年をして、みっともないですね。もう、いいですか? いい加減にしてくださいね!」
私が呆気にとられているうちに、電話は一方的にガチャッと切られた。

私は一体、何を叱られたのだろう。
報道では知っていたけれど、まさか今でも、こんな手口の詐欺が横行しているなんて、むしろそのことにびっくりした。
これが、うちにかかってきた「還付金詐欺」電話の、記念すべき第一回目だった。


以前から「不用品を高価で買い取ります」という類の電話は、何度もかかってきていた。
組織が同じなのか、たくさんあるのかは知らないけれど、いろんな社名を名乗って、「古着を買います」「履き古した靴はありませんか」「壊れた家電を引き取ります」など、いくつかのパターンがあった。

「さっきのお客さんは、一足1200円で古靴を買い取らせてもらいました。あと30足ノルマがあるんです。どうか協力してもらえませんか?」
そんなふうに言われたこともあったけれど、それで一体、どうやって利益を出すのだろう。そもそも公表してもいない電話番号を勝手に入手して、勧誘電話をかけてくること自体、すでに信用できない。

こんな話を鵜呑みにして招き入れてしまうと、当初言っていた不用品には目もくれず、無理やり貴金属を出すように迫られるらしい。あるいはもっと酷いケースでは、勝手に上がり込んで現金を盗んでいくのだとか。

近ごろは、固定電話のある家も珍しくなった。うちの電話番号は「カモリスト」に乗っているようで、全国のどれほど多くの組織に共有されているのか見当もつかない。


二度目の「還付金詐欺」電話は、それから半年近く経って、もうすっかり忘れていたころにかかってきた。
前と同じ組織なのか、まったく別のグループなのかはわからないけれど、やはり若い男性の声だった。

またもや市役所の年金課を名乗るので、私は早々に話を遮り「詐欺ですよね?」と切り込んだ。すると最初は「どういうことですか?」などと、とぼけていたけれど、「この番号、通報しますよ」と言うと、「いいですよ。何回もされてるんで」と、キレ気味に返された。

声の感じは若そうで、せいぜい二十代に聞こえる。もしかすると、私の子どもと同じくらいの年齢かも知れない――。
そして相手は詐欺を認めたのに、前回の人のような暴言を吐いたりせず、なぜかガチャ切りもしない。
私は、この詐欺師くんと少し話してみたくなった。


私 「もっと違う仕事をしたらどうですか?」 
詐欺師(以下 詐) 「いや、これほど稼げる仕事は他にないですから」

「以前は営業の仕事をしていた」と詐欺師くんは言う。「いくら頑張っても、世の中に大して稼げる仕事なんかない」と。

私 「稼げるって言っても⋯⋯」
詐 「年、一億円っすよ」
私 「だけど、手元に全部は残らないでしょう?」
詐 「そうっすね」
私 「うまく使われているだけじゃないですか?」
詐 「使われてはないっすね。自分、起業してるんで。トップなんで」

私の問いに、なぜか次々と答えてくれる詐欺師くん。
「自分は使われたり、利用されたりしているわけではない」と強調する様が、無暗に強がっているようで、何だか逆に痛々しい。
私は、話の方向を変えた。

私 「人を騙して、お金を手に入れる仕事ですよね?」
詐 「どんな仕事も同じじゃないっすか? 世の中結局、人を騙して儲ける仕組みになってるんで」
私 「いや、労働の対価として賃金を貰うのと、でたらめの嘘を言ってお金を騙し取るのとは、根本的に違いますよ」
詐 「大企業だって、嘘ついてるじゃないっすか。食品偽装してるし、メーカーも検査結果とか偽装してるし」

不覚にも、私は一瞬、言葉に詰まってしまう。
それはただの屁理屈だけど、確かにもう、この社会全体が詐欺師の一人勝ちの様相を呈しているし、連日、大企業や官公庁の不祥事が後を絶たないのも事実だ。
私はうっかり、ひるみそうになる。


「自分は実業家だ」と、詐欺師くんは言った。
「騙す一方で(騙すという言葉をするっと使う程度には自覚があるらしい)老人ホームを経営しているんで」と。

詐 「僕ら、老人の面倒も見てやってるんすよね。それでチャラじゃないっすか?」

そういえば、介護付き老人ホームや高齢者住宅で、高額な一時金を支払って入居した後にトラブルがあったり、事前に説明されていた内容と違ったりして退去しても(あるいは強制的に退去させられても)一切、返金されない、というケースが問題になっているらしい――そんな記事を、読んだことがあった。

「振り込め詐欺」は今や、大規模な組織が、整然としたマニュアルに従って企業活動のように分業している。
そこに「老人ホーム」部門があるとしたら?
詐欺組織は、もうとっくに大々的な多角経営に乗り出していて、身近ないろんな会社や店舗がすでにフロント企業だとしたら?

社会の仕組みがわかっていないのは、実は私のほうではないのか?
不意に、背筋がゾクッとした。


「騙される方が悪いんすよ」と、詐欺師くんは言った。
これもまた、世の中に根深くはびこる屁理屈の一つだ。

「これほど警察もマスコミも騒いでいるのに、ちょっと儲かると思うと簡単に騙される。バカじゃないですか? だから、いつまでも無くならないんすよね」
電話の向こうで、詐欺師くんが笑っているのがわかる。

私は、電話の相手が、だんだん自分の子どもと重なって見えはじめた。
詐欺師くんの中にある、何か底知れない、社会や大人への怒りと憎悪。
そして私の子どもがかつて言い募った、親や教師や、社会全体への根深く激しい憎悪。
それらは広義においては同根に思われ、もしかすると無差別殺人を企てるような人たちとも、どこか共通している感情なのかもしれない。
私はつい悪い癖で、説教口調になってしまう。

私 「こんなことを続けていれば、いつかきっと後悔する日が来ますよ」
詐 「平気ですよ。なんも怖くないんで」 
私 「いずれは捜査の手が回りますから⋯⋯」

詐欺師くんは、話の流れが変わったことを敏感に察知して、鬱陶しい説教モードを遮る。空気を読むのに過敏だ。


詐 「⋯⋯奥さん、なんだったら、俺が相手しましょうか?」
驚いたことに、詐欺組織の多角経営には「ホスト」部門までありそうだ。

詐 「年いくつですか」
私 「教えません」
詐 「⋯⋯んじゃ、好みのタイプは?」
私 「ありません」

「冷たいなぁ」と、詐欺師くんは皮肉っぽく笑う。
そうか。この詐欺師くんには、女性への嫌悪感や蔑視や、あるいは恐怖の感情もあるんだ、と私は思い至る。月並みだけど、そして勝手な憶測だけど、家庭環境や母親との関係にも何かしらの問題があったのだろう。

もちろん、どんな事情があろうとも、彼自身も、その組織も、決して許されるものではない。

私 「あのね、今はなんも怖くないでしょう? だけど、怖いって思う日が来ますよ。本当に。絶対に。間違いなく」
詐 「そうっすか?」
私 「今すぐやめた方がいい。どんなに儲かろうと⋯⋯」

唐突に、電話は切られた。

さっきまでフレンドリーに話していたから凄く唐突に感じたけれど、考えてみれば当たり前だ。彼らにしてみれば、無駄な長電話などリスク以外の何物でもない。

私には「詐欺を働くような若者の考えていることを知りたい」という気持ちがあった。詐欺をやめるきっかけにまではなれなくても、できることなら、ほんの少しでも爪痕を残したかった。
けれどもそんな私の思惑は、成功したとは思えなかった。なんなら軽くあしらわれて、からかわれて、飽きてガチャ切りされただけだ。


それから程なくして、もう一度電話が鳴った。
今度は、誰でも知っているメガバンクからだった。大した金額ではないけれど私には、そこに少しずつ貯め続けてきた口座があった。

頭の良さそうな若い女性が、マニュアル通り流暢に話す。
「資産運用について、ご興味はございませんか?」
「当行では、お客様のご要望に合わせて、様々な運用方法をご用意しております」
「ぜひ一度、ご相談させていただけませんでしょうか」

きっと幼いころから成績優秀で、有名大学を出て、努力の末に就職戦線を勝ち抜いてきたであろうバンカーの女性。優しい口調で、リスクの高い金融商品なんかを勧めてくれる。メガバンクという合法的な金看板を背負って、翻訳するなら「老人は金を出せ」と言っているようなものだろうか。


「世の中の全てが、人を騙して儲ける仕組みになっているんで」と、詐欺師くんは言った。
「架空の話をでっち上げてお金を騙し取ることと、正当な労働の対価としてお金を受け取ることとは、根本的に全く違うのだ」と、私は偉そうに説教したけれど、果たして本当にそうなのだろうか? 
強引な営業や勧誘と、還付金詐欺とは本当に、根本的に全く違うと言えるのだろうか?

詐欺師くんとメガバンクの女性は、恐らく同世代だろう。
二人の人生はもしかしたら、コインの裏と表なのかもしれない。いくつもの偶然が重なれば、彼らの人生は逆だったかもしれない。
最初はほんの少しの違いやズレでも、それらは進むほどに大きくなって、人は、まったく違った生き方や人生を選び取っていく。

誰だって、生まれた瞬間から詐欺師でも、殺人犯でも、窃盗犯でもない。
多くの人は、望まれて生まれてきたのだろう。報道で目にする事件の、容疑者や被告たち。きっと親が付けたのであろう、それぞれの名前は、悲しいほどにピュアな願いが込められている。

それでもどこかで曲がり角を誤り、あるいは道そのものを誤り、人は思いもかけなかった人生を送る。たとえこれまでの人生で犯罪とは無縁に生きてきたとしても、自分だけは生涯、何ひとつ罪を犯さない、と言い切れる人などいるのだろうか。


これらの電話から何年も経た今、犯罪組織はどんどん凶悪化し、強盗や殺人までも厭わなくなった。闇バイトで集められた捨て駒たちが次々と、利用され、搾取され、使い捨てられている。

実業家だと粋がっていた詐欺師くんは、今頃どうしているのだろう。
こんな世の中を作り上げた大人の一員なのに、私はやっぱり、誰のことも救えずに、ただ無力に空ばかり見上げている。

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