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【エッセイ】ひたむきに進め

 観測史上最高に暑い夏を記録したと言われる、今年、二〇一〇年の夏。買い物に行った帰り道、いつもの細道。そこで出会った生き物に、私は大袈裟ではなく、生命の強さを貰った。  
 
 陽炎でも見えるかと思う暑さの中、ふと視界の端に何か動くものが映り込んだ気がして私は気怠さを押し遣り、視線を向けた。砂利が敷き詰められた駐車場、数台の自動車。その一台の後ろで、それは動いていた。私が目をこらして見ると、小柄な猫の姿があった。自動車で出来た日陰の中、細い手足を持ち上げて、ただ一心に毛繕いをしている。猫と私の間は数十メートルは離れていて、こちらに気が付く様子はなかった。猫には白地に黒と茶の丸い模様が付いているのが見えた。

 私は、思わず微笑んでいた。私がその猫を見ながら思ったことは、こんなに暑いのにせっせと毛繕いをして偉いな、だった。それはほとんど考えるという行為を私に自覚させる間もなく、ごく自然に心に浮かび上がった思いだった。

 手に持っていた買い物袋の重さが私を我に返らせ、同時に、照り付ける太陽光の強さを思い出させた。私は去り際、改めてその猫を見た。猫は先程同様、ただただ懸命に毛繕いをしていた。

 白地に黒と茶の丸い模様を持つ猫を、以降、私は良く見掛けるようになる。一方的に親近感を覚え、その飄々と歩く姿を私は目で追う。そして、あの夏の日に見た、懸命さを思い出すのだ。

 私は、いつしか日常で懸命さを忘れ、動けずにいた。その私の背を押してくれた、一匹の猫。あの猫はきっと、自分に出来ることをしていただけ。けれど、そのひたむきさが私を助けた。ありがとう。


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