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【掌編小説】恋に落ちた話

 ――いわゆる、恋ってやつ?
 
 私の思いってやつを友人に話したら、そう言われた。

 恋。こい。コイ。その響きだけがすとんと私の心に落ちた。だけど、しっくりは来なかった。だって、恋なんて。もっとキラキラして美しくて可愛くて。それでいて守りたくて仕方なくなるような。きっと、そういうものでしょう?

 ――そんなことないよ。それは決め付けが過ぎる。

 そうかな? 私の問いに、そうだよ、と友人は言った。

 だって、恋なんて。私のいま抱えている思いとは何処か遠くのものみたいで。私の思いは、もっと醜いもの。独り占めしたい、誰にも見せたくない、私のことだけ考えていてほしい。そういうものだもの。

 ――多かれ少なかれ、恋っていうのはそういう面も含んでいるよ。

 そうかな? 私の問いに、そうだよ、と友人は言った。

 私を見て、もっと話をして、他の女性の所に行かないで。そう思うの。こう私が友人に言うと、恋をしている女性は多かれ少なかれそう思うものだよ、と返される。じゃあ私はちょっと度が過ぎるのでは。そんなことを思ったせいなのか、私は言葉が止まる。その私を見てなのか、まあ、あれだよ、と友人は言葉を続けた。

 ――戸惑っているだけかもしれないよ、案外と。久しぶりの恋ってやつに。落ち着いて来れば、程度も分かるようになるさ。きっとね。

 そうかな。私は声に出さずに思考する。友人は、そうだよと言いたげな顔で私を見ていた。

 ――後悔のないようにすれば良い。相手の気持ちを尊重しつつ、自分の思いを大切にしつつ。

 そんなちょっと難しいようなことを友人は簡単に言い、にこと笑った。つられて私も、にこと笑ってしまう。

 ――良い笑顔。それがこのセカイで大切なことの一つ。がんばれ。

 友人は私にそう言うと、走り込んで来た列車に乗った。ひらりと手を振って。私もひらりと手を振り返す。

 友人を乗せた列車が走り出す。私は友人から目が離せないまま、去って行く列車を目に映し続けた。

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