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吉岡美佐子(幕が上がる)という女について

宇宮7号といいます。絵を描いたり世界史の解説動画を作ったりしています。


私の好みの女は「誰かの人生を決定的に変えた後で突然いなくなる女」なのですが、
今日はその最上級たる吉岡美佐子という女の話を唐突にしたくなったので、ここにご紹介します。


『幕が上がる』という小説及び映画の登場人物です。
強く身勝手で美しい女を好きなら気に入るでしょう。私が人生で最初に憧れた女です。

吉岡美佐子の現れ方


吉岡美佐子は、弱小演劇部を全国レベルに引き上げる新任の美術教師です。

県大会出場を目標にする主人公達に
小さいな目標、行こうよ全国」とか焚き付け、
納得しない部員の前で圧倒的なエチュード力を見せつけて一瞬で信用させる女。

大学時代「学生演劇の女王」と呼ばれ芝居のせいで留年した女。


この圧倒的演技力シーン、黒木華演じる吉岡美佐子が最強なので映画を見て欲しい。できればBlu-ray特典ノーカット版で。

やって見せてと言われ、溜息をついて、

いきなり語り出さない。
吉岡美佐子は、空間演出から始める。


まず“背後の窓を開け風を入れる
そして“髪をほどき眼鏡を外す

髪が靡き、空気が動く。
狭い美術準備室が舞台に変貌する。

「母は…」語り出す。


……そりゃあ一瞬で引き込まれるでしょう。


彼女、指導すると決まれば徹底的にやる。近年の高校演劇の全国出場脚本を全部読んで傾向を掴み、大会前に学内公演を提案し指導、部員の演技の質も完璧に把握し、主人公に演出を教える。

なんでお前演劇やめて教師やってんだよ。芝居がないと生きていけない女だろ…って感じ。


いや実は、これすら彼女の全力ではないらしい。
部員の実力が上がった頃、彼女は主人公達を集めて言う。
「もっと上を目指したい」
「ここからは楽しいだけじゃ済まされない」
「本気でやらせてほしい」

映画の方を引用する。どストレート。

「私は行きたいです。君たちと」
「行こうよ、全国!」

映画「幕が上がる」2015

生粋の演劇人。強烈な指導者。無邪気な扇動者。
ここまで言われて、乗らない生徒などいる訳がない。


こうして演劇部は全国大会を目指すこととなる。


演劇に程々はない。関わった時点でこうなることは必然だったのかもしれない。
いやほんとよくお前演劇やめられたなと思う。舞台上でしか呼吸できないタイプの演劇人でしょ。(その予感は当たる)


吉岡美佐子の消え方


本気になった演劇部は地区予選を突破。県大会出場を決める。が……あろうことかその次の日、

部員達は彼女が突然教師を辞めたと知らされる。(年度途中で辞めるなよと元教員としては言いたい。でもそこも彼女らしい。)

理由は手紙で知らされる。
曰く「ある有名な演出家の舞台に出る。だから辞める。やはり自分は教師でなく役者だった。」

ほらね!!!!!

ほーーーーらね!そういう奴だよお前は。
知ってたよ。



このあとがやばい。

「でも言い訳をさせてもらえるならば、あなた達に出会わなければもう一度芝居をしたいだなんて思わなかった。あなた達は素晴らしい」

そういうところだぞ吉岡美佐子

突然現れて圧倒的重力と牽引力で部と部員の人生を変えておいて、突然一方的に手紙を置いて去る。それでいてこの弁である。


主人公への手紙もやばい。
「高橋さんは演出家に向いていると思う。プロになれるという約束はできないが目指すといい。それと、こんなことを言うと怒るかもしれないが、いつか私は高橋さんの演出する舞台に立ちたい。心から思う」

だからそういうところだぞ吉岡美佐子

裏切った自覚を持ちながらそんな声がけをする女…。


吉岡先生に会いに行くか、と話す部員たち。
「会いたくない」「どちらでもいい」「向こうがプロの女優になるというのだから、自分もそうなってから会う」
うわ………。
全くこの女ときたら、さよならも言わせてくれないし、一筋縄では消えてくれないのである。


県大会。主人公は上演作品(銀河鉄道の夜)を舞台袖から見守っている。
カンパネルラと別れるシーン。そこで思う。

「たぶん私は、私たちを裏切った吉岡先生を許さない。もっと大人になっても(中略)受け入れられるようになるとも思えない。でも、それでも私は、私たちのもとを去っていった吉岡先生を恨まない、憎まない」

(引用:平田オリザ『幕が上がる』講談社)

うわ………。

彼らが大会で題材にしたのは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』であり、作中では“ジョバンニがカンパネルラの死を受け入れるための物語”であると解釈される。
別れを受け入れるには宇宙を一周するほどの時間が必要だったのだ。

それに気づいた主人公はここで吉岡美佐子との別れを自覚する。そして演出の道を歩み始める。


映画は県大会のシーンで終わる。

原作小説では、全国大会に向かう後日談がある。吉岡美佐子は最初の舞台が話題になり、その後2、3の大きな舞台に出演している。

主人公はまだ彼女の舞台を観に行っていない

この全国大会が終わったら観に行っても良いかなと思っている。
「劇団を作って皆で芝居をやろう」「吉岡先生はどうする?」「入れてあげてもいいよ」なんて笑いながら話す。そうやって終わる。


映画『幕が上がる』について

映画メインキャストは、ももいろクローバーZ(5人時代)。全員はまり役だと思う。

生徒役は皆、原作者(平田オリザ=著名な劇作家/演出家)の演技指導を受けていて完成度が高い。だからなのか、モブキャラにのちの朝ドラ女優がごろごろいる(主演:伊藤沙莉/芳根京子)(百田夏菜子も友人役を演じてましたね)。

モノノフ(ももクロファン)兼演劇経験者の友人曰く「ももクロを好きな人は喜び、知らない人は気にならない程度のネタを大量に盛り込んでる」
(要は身内向けの映画じゃないということ)

スピンオフ舞台版もある。劇作家である原作者直々の脚本。吉岡美佐子が去った後の稽古の話。
ここでは映画で拾いきれなかった原作要素が補完されている。(円盤化してるのでぜひ)。
吉岡美佐子は出ないが、そこが良い。不在の存在感。

そして何度も言うが、映画版の吉岡美佐子は途方もなく強い。
小説は「理論と技術力で率いる美しい人」、映画は「一言で惹きつける格好良い女」という印象。無論どちらも素敵なんだけれど、ちょっと映画は私の好みに合いすぎた。


吉岡美佐子を演じる黒木華は、高校演劇と学生演劇を経験しプロになった俳優なので、元々小説の頃からやばい女だった吉岡美佐子の解像度を映画で爆発的に上げて、“生きた演劇人たる吉岡美佐子”にしてしまった

視聴者をもう戻れない宇宙の果てまで連れていき、そして置き去りにしていった。罪深い(最高)。
映画を見て欲しい。できれば豪華版Blu-ray特典のエチュード完全版も。(本編では主人公のモノローグが重なって吉岡美佐子を堪能できないので)


一旦まとめ 作品リンク一覧


以上、私が人生で最初に憧れた女こと吉岡美佐子のプレゼンでした。


気になった人は平田オリザ『幕が上がる』を読んでください(講談社サイト)。


映画『幕が上がる』も観てください。副作用でももクロを好きになるかもしれません。私はなりました。彼女達凄く魅力的でしたから。(公開中特報動画)

(※普通は予告編をあげるのが妥当ですが、私は予告編が気に入ってないのです。
インパクト重視のためか無関係なシーンが取り上げられ吉岡美佐子の第一印象を著しく損ねるからです(重い)。本編で見てください。)

(本編を見て吉岡美佐子に落ちたら、豪華版Blu-rayの特典映像でエチュード完全版を見てください。)


嵌ったら2015年の舞台「幕が上がる」も見てください。舞台版は伊藤沙莉が最高です。(舞台2015特設サイト/舞台円盤化サイト)


そして小説にしろ映画にしろ吉岡美佐子は良いです…。他人の人生を決定的に変えておきながらある日突然去っていく、強くて美しい女…


筆者の人生まで変える吉岡美佐子

ついでに。吉岡美佐子は冗談じゃなく私の人生も変えているから恐ろしいのだという話。

私は元教員なのですが、教員になった動機のひとつに吉岡美佐子がいます。怖いですね。

高校時代、演劇部を引退して放心していた私に、担任が手渡したのがこの本でした。
(なんてドラマティック…)

想像してみてください。
あなたは、先輩も指導者もいない、たった2人だけの演劇部の部長だと。
何もできなかった二年間を過ごした後、それでも引退後はちゃんと虚無感に襲われるわけです。

そんな中、弱小演劇部を全国レベルに導く吉岡美佐子なんていう存在を知ってご覧なさい
「ああ、彼女の様な指導者が欲しかった。」そう思うはずです。
部員に憧れることはありません。だって憧れても時間は巻き戻せないから。だからその憧れの矛先は指導者に向く。道理でしょう。


そういうわけで、吉岡美佐子に憧れた私は、大学でちゃんと芝居を学ぼうと思ったのです。

教員になったのは様々な理由がありますので、彼女が原因とは言いません。
まぁただ、演劇部の顧問になりたいなんて思ってしまったのは吉岡美佐子のおかげですね。恐ろしい女です吉岡美佐子。


希望通りに演劇部の顧問になったのは勿論のこと、教員を辞めたところまで完全に一致してしまったというオチまでついています。

勿論偶然なのですが、でもたまに思うわけです。全ては吉岡美佐子に憧れたところに始まったのではないかと。
憧れるあまり、無意識に吉岡美佐子と同じ道を辿ったのではないか……。恐ろしいですね。

(私はちゃんと受け持ちの生徒を卒業させてから
年度末に辞めましたけどね!)


再度まとめと2023舞台について

さて。これで吉岡美佐子についてある程度語れたのでよしとします。
『幕が上がる』おすすめです。本当によくできた物語だと思います。
もっと多方面から語れる作品ですが、今回は吉岡美佐子の紹介なのでこれでいいです。後はご自身で楽しんでください。


今年の夏、新たに舞台化されると知って、ちょっと恐ろしい気持ちと好奇心とがないまぜになっています。吉岡美佐子とかいう、圧倒的才能を背中に纏って存在する求心力の強すぎる女を演じることになった役者さんは、大変だと思う……。もうめちゃめちゃ頑張ってほしい…。黒木華とは違う吉岡美佐子でいいから、美しさの背後に、舞台でしか生きられない魚が陸で水源を見つけたみたいな脆さと周囲を変えていく説得力を湛えていて欲しい(重い)。そしてそれは主人公と通じる所でもあるので、主人公(高橋さおり)を演じる役者にも共通して持っていてほしい(重い)。


大変だろうけど、それで吉岡美佐子や『幕が上がる』や芝居の世界を知る人が増えるのは嬉しいことです。やってくれるだけで有難いのです。
吉岡美佐子と彼女に関わる人々に幸多からんことを…。


以後もまた「誰かの人生を決定的に変えた後で突然いなくなる女」について語りたくなったら、書くかもしれません。


読んでいただきありがとうございました。
それでは。


宇宮7号

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