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年明けの原発延長議論:口火はFDP

2023年1月3日づけSued Deutsche紙の記事
予想通りといいますか、FDPが23年4月末に決まっている原発の稼働延長を言い出しました。

原発の延長については激しい対立の末、予定通りの22年末停止を目指した緑の党と、以前から延長を訴えていたFDPの間を取る形で、昨年10月末にショルツ首相がアデナウアー以来となる(らしい)首相権限を用いて稼働中の3基(停止済みの再稼働はなし)を23年4月までの延長を決めたところでした。

FDPは首相の決定を即座に歓迎しましたが、それは延長期間中に再度この議論を活性化させたいと思っていたからです。(直接お話する機会があった日本の方には、原発停止第1ラウンドはFDPが実質勝利したと述べたのはこのためです)

FDPはここから第2ラウンドを盛り上げたい意向ですが、SZ紙も書いている通り、これはドイツ政治史上稀に見る強権を発動したショルツ首相の意思を反故にするものであり、政権運営に支障きたす恐れがあります。しかし昨年一年にわたり重要な選挙で負け続けたFDPは、ここで政権内での存在価値を支持者に改めて示す必要があると考えているようです。

とは言え、口火を切ったのが交通大臣というところに問題があります。
ドイツ政府は昨年各セクターごとのパリ協定遵守のための気候政策のプログラム作成が求められていましたが、出そろったさまざまなプログラムの中で専門家から最も激しい批判を受けたものの1つが交通セクターです。
交通セクターはもはや抜本的な解決なくして気候目標を達成することはできないのですが、 FDPの交通大臣が提示した交通セクターの気候変動プログラムは一部の専門家からは小手先の議論と言われるほど全く目標に届かないものだったからです。

そもそもこの交通大臣は就任時からいくつかの問題を抱えています。就任当初E-Fuelに期待する自動車業界に対して、電気自動車だけが未来があると言う主旨の発言を行ない、自動車業界からの批判を受けて撤回したということもありました。
今回彼はドイツの閣僚としては最初に原発の4月以降の稼働延長を求ましたが、理由は電気自動車が石炭火力による電力を充電しているようでは交通分野の脱炭素ができないからとのこと。

この言い分は一見もっともですが、昨年交通政策が気候目標と全く整合性がとれていないことを猛烈に批判された大臣としては、問題のすり替えであるという批判は免れないし、経済省も所管違いの提案を閣僚が行うべきではないと苛立ちを見せているようです。

確かに電気自動車が普及してくれば、その電気がクリーンな電源で発電されていることを確認する意義はあります。しかし交通省に本来求められているのはモビリティの抜本的な改革による温室効果ガスの大幅削減です。原発稼働延長を掲げた閣僚が自らの本来の所管で全く役割を果たせていないことに批判の目が集まっても仕方がないとは思います。

ドイツ国内で原発を延長する意味があるかどうかについては様々な意見があります。
ドイツに関していえば、私は原発の新設もリプレースもEUタクソノミーの条件(特に最終処分場整備)を満たせる可能性は低いと考えており、原発の延長やリプレースの議論が近い将来全て無駄になるリスクを懸念しています。
それでなくてもドイツにとってはエネルギー危機や気候変動問題、将来のエネルギーシステムに対して、現実的に可能な原発の新設では効果は限定的であり、役に立たなくはないが十分ではなく費用対効果が悪いといえると思います。

これまでドイツ国内では、FDPだけでなく右寄りとされる旧与党の連合(CDU/CSU)や右派政権のAFDが原発の推進を求めていました。(連合はメルケルの手前なかなか表立ってではないですが)

しかし、CDUは既存原発の活用については懐疑的になってきているようです。
メルツ党首が昨年に既存原発の延長には核燃料調達が間に合わなくなってゲームオーバーだと発電したり、CDU内の経済諮問委員(Wirtschaftsra)は「原発については技術オープン」で望むべきと次世代原発やSMRに期待を寄せつつもクラシックな沸騰水・加圧水型原発の時代は終わったと述べています。(第3世代+をどうするのかはちょとわかりませんが、おそらく期待していないと思います)


つまり、今後ドイツ国内で既存原発の延長を支持するのはFDPとAfDだけの可能性があります。CDU/CSUの延長に対する態度はまだ固まりきっていないようですが、FDPの味方がAfDだけになるようならFDPがこの議論に勝つ目は少ないように思われ、交通大臣はさっさと自らの職務に戻って直近のエネルギー危機対策を進めてほしい欲しい気がします。

ドイツにとっては気候政策の観点から原発の新設は時間軸が後ろ過ぎて頼りになりません。はっきり言えば、原発がドイツのカーボンニュートラルに貢献するのは現在の気候変動の時間軸を無視した場合に限ります。(それならカーボンニュートラルやる意味あるの?とはなりますが)
また最終処分場の整備はおそらくタクソノミー要件を満たせないでしょう。そうなるとドイツ国内で原発への補助金を公的資金から拠出することは難しくなり、原発は経営上運営できなくなると思われます(これは安定供給に価格シグナルを用いる場合は、市場化されているか否かに関わらず起こる問題であり、原発が高コストで補助金がないと成り立たないとわかれば市場重視のFDPは原発否定に転換するリスクもあります)。

個人的には原発の技術開発についてオープンに取り組むことは悪くないし、隣国が原発を新設する以上はドイツ国内に技術を理解する人材を確保する必要もあると思います。しかし、2030年代中の普及も難しいと思われる新規技術に期待する「技術オープンなエネルギー政策」は危うい気がします。

また技術オープンな政策は本来「撤退・イグジット戦略」が必要だと思いますが、ドイツ国内の原発推進議論にはそれがありません。いつまでにどのマイルストーンを達成できなければ諦めるという指標がないまま「次世代原発は可能なので長期エネルギー政策では必ず織り込むべし」では困ります。「動くはず」がうまいくかなかった時の代償は去年のフランスで嫌というほど見ているはずです(CDUの態度の変化はおそらくこれが大きい)。
少なくとも電力における再エネはここまでアウトパフォーム状態と言えるのではないかと思いますし、柔軟性の技術開発は専門家の期待を裏切っているとは思いません(一般の期待が専門家よりずっと高いのは課題です)。

いずれにしても、FDPによって政権運営は再び混乱しますが、FDPが期待通りの果実を得られるかは正直未知数です。

ありがとうございます!