#18 起業し事業を継続する上で借金(借入)をどう考えるのか?

2012年に実質の起業、うなぎの寝床を立ち上げて6年が経った。今まで借金はしてこずになんとか事業をやれてきている。それには、運やタイミング、出会いなどが重なってやってこれているが、ここにきて借入をしようという決断にいたった。なぜか?

僕は、リスクは負うことはそこまで厭わないけれど、最低限自分で責任を取れる範囲でのリスクしか負っていくつもりはない。それは、今でもそうだ。事業をはじめて6年間、今までそれでやってきた。

今になると、起業するということが、どういうことか?さすがに会社を運営していると、ようやくわかってきた。自分も他事業に少し投資というか共同経営をしたりという事例も出てきて、通常の起業の場合は公庫などから事業立ち上げの融資を受けて、また身内などからお金を借りたりと資金調達をして、設備投資にあてたり、初期の人件費にあてたりとしながら起業するんだな。ということが今更ながらわかってきた。

しかし、僕は何もわからず起業したので、あるお金でがむしゃらに働いて、少しずつ効率をあげて、自分の生活費は最低限におさえ、個人的な買い物も本以外はせず(もともと本以外はあまり買い物もしない。今はサンプルなどは買うけれど)、極力次の事業に対して、投資として再分配していた。今も基本的にはお金の使い方、考え方、そして仕事の仕方については、1つも変わってないと、自分の中では自負している。

基本的には、個人の生活を豪勢にしたいと思ったことはないし、車は機能性が満たされていればよい。本は無尽蔵に買うけれど、他は特に個人所有欲があるわけではない。

では、なぜ借入をしようと思ったのか?

まずは、個人と会社というものの切り分けである。

「法人」というように、会社というのは法によって人格をもった組織である。個人とは違う。うなぎの寝床も、はじめは僕と大学の友人ハルと、僕の妻の三人のお気楽グループからはじまったと言っていいだろう。しかし、法人格を有し株式会社となった。よく個人事業の方から会社にするってどんな感じですか?と聞かれたりもするが、何もやることは変わらない。意識しなければ。すくなくとも、僕は個人でやってても、会社でやってても、やることはかわらない。

しかし、社員として一緒に働く人が12,3人を超えて行った時に、僕の個人の仕事ということでは済まされなくなってきた。みんな20代から30代だったが、結婚も進み、子供も生まれたりする。僕より年上の方々も入社してくる。なるほどなるほど。その辺から、個人でこの責任を全て追っていくのは無理だな。と思い始めた。

このあたりから個人と会社という人格が徐々に別れ始めたのかもしれない。そして、今はアルバイトの方も含めたら20人弱の方と一緒に働いている。そして、全員とコミュニケーションをとるのは、やはり難しい。そして、間違いなくこれは、僕個人の仕事ではなく、みんなの仕事でもある。これは言わずもがなだろう。

うなぎの寝床は「地域文化商社」という業態を有し、法人として人格を形成しはじめている。そして、僕個人とは切り離されてきて社会的なミッションを中心に動かなければならない。

個人のお金を、事業に再投資再投資を繰り返してきたが、それもおかしな話だなと思い始めている。僕個人の事業ではなく、法人としての事業に個人のお金をいれ続けるのもおかしいと。だから、個人と法人をしっかり切り離し、僕は代表取締役としての任務はしっかりと行うが、そのポストの人間としての役割であって、個人の延長線上では取り組まないということをある程度決断ができてきたのだろう。

そこから、銀行などから資金調達をして借入をすることで、事業を継続させ、僕個人のお金を再投資するというよりも、利益がでたものを再投資していくというシステムをつくった方が健全だろうと考えた。これは、まだ早いかもしれないが、事業の承継などにも関わる。僕が死んだ時に、僕以外の人が代表というポストに着いた時に、自分のお金を仕事にいれ続けるリスクを負わせるわけにはいかない。あくまでも経営判断や決断は仕事としてやらないといけないが、個人と法人は切り分けながらしっかりとミッションを果たしていく必要があるなと実感値として認識できた。

よく、事業をはじめるとき先輩のというか、経営をやってる人たちに「借金をしないと一人前じゃない!」みたいなことをさんざん言われたが「そんなことあるかばかやろう。」と思っていた。今でもその思いはそこまで変わっていない。理由なく借金する必要はまったくない。

個人で幸せに仕事を続けていきたいなら、借金なんて負わずに、しっかりと自分の生活をまわしていくことが一つの幸せの形だろうと思う。そういう人間に借金をしろ。というのは酷だ。

しかし、会社として社会的な仕事を形成していくためには、なんらかの資金調達も必要な場合もあるということはわかってきた。僕は今33歳だけれど、なるべく40歳くらいまでには、システムをしっかりと構築しながら、うなぎの寝床をしっかりと引き継げる仕組みまでは持っていきたい。僕がいないと成立しない仕組みなどはいらない。そして、実際のところ僕はうなぎの寝床の実業務はほとんどできない。もちろん把握はしているつもりだし、経営判断はやっているし、戦略も考えてはいる。しかし、現場の方々がしっかりいるから、組織は、うなぎの寝床は機能していることは間違いない。最近それをつくづく感じている。そして、僕には僕の役割があるからしっかりとがんばる。それだけだ。

事業の在り方はたくさんある。自分の目的のために会社をやってる人、社会をよくするために会社をやってる人、様々な形態がある。僕は確実に前者ではない。仕事は好きというわけではなく、地域やものづくりやお店は、もちろん必要だと思うし、社会的に意味があると思ってやっているが、個人的な思い入れがあるのか?と問われたらない。これだけははっきりと言える。良いか悪いかは別として、思い入れはない。しかし、思い入れがない人間にやれることもあるとは思っている。だからしっかりと運営はしていく。今やれているかどうかは別として、修正しながら、しっかりと運営していけるように組んでいく。それは時間がかかることかもしれないが、修正し続けて、チャレンジし続ければ失敗なんぞないと思っている。うまくいくまでやり続けるから。

起業をしたいという若い方々と、話す機会も少しあったりするから、借入や起業について、少し振り返ってみた。おわり。

本質的な地域文化の継承を。